結論から言うと、株式譲渡なら店舗・オフィスの賃貸借契約も複合機・車両のリース契約も原則そのまま継続しますが、事業譲渡ではすべて相手方(賃貸人・リース会社)の承諾がなければ引き継げません。 そして事業譲渡の場合、承諾が得られなくても強制する手段は建物賃貸借には存在しません。賃貸人が首を縦に振らなければ、その物件は使えないままです。
さらに見落とされやすいのが、賃貸人の承諾を得て賃借権を譲渡できても、敷金・保証金は原則として買い手に引き継がれないという点です(民法622条の2第1項2号)。譲渡対価とは別に、数百万円規模の資金移動が発生することがあります。
この記事でわかること
- 株式譲渡・事業譲渡・会社分割のスキーム別に、賃貸借・リース契約がどう扱われるか(一覧表)
- 事業譲渡で賃貸人の承諾を取るときの手順と、承諾を取れなかった場合の代替策
- 敷金・保証金が承継されないという実務上の盲点と、その精算方法
- リース契約の地位承継で立ちはだかる「買い手の与信審査」というボトルネック
- 承諾料・敷金再差入れ・リース解約損など、譲渡対価に含まれない持ち出しの目安
- いつ・誰に・どの順番で打診すべきかの段階別スケジュール
- 賃貸借・リースについているオーナー個人の連帯保証をどう外すか
店舗・オフィス・工場・倉庫を借りている、あるいは複合機・厨房設備・製造機械・社用車をリースで使っている中小企業のオーナー経営者に向けた記事です。飲食業・小売業・製造業・運送業・介護事業など、借りている資産が事業の中核になっている会社ほど、この論点が売却の成否を左右します。
⚠️ 本記事は制度と実務の全体像を整理したガイドです。契約書の解釈(特にCOC条項の効力)や、賃貸人による解除が有効かどうかは、契約文言と個別事情によって結論が変わります。実際の判断は必ず弁護士に、税務処理は税理士にご相談ください。
まず結論:スキーム × 契約類型の承継可否マトリクス

自社が使うスキームと、抱えている契約の種類を掛け合わせて確認してください。
契約の種類 | 株式譲渡 | 事業譲渡 | 会社分割(吸収・新設) |
|---|---|---|---|
建物賃貸借(店舗・オフィス・工場・倉庫) | ◎ 原則そのまま継続 | △ 賃貸人の承諾が必須。拒否されたら手段なし | 〇 包括承継で原則移転。ただしCOC条項に注意 |
土地賃貸借(借地) | ◎ 原則そのまま継続 | △ 地主の承諾が必要。拒否されても借地非訟で救済あり | 〇 包括承継。COC条項に注意 |
リース契約(複合機・機械・厨房設備等) | ◎ 原則そのまま継続 | △ リース会社の承諾+買い手の与信審査が必要 | 〇 包括承継。ただし事前通知・承諾条項に注意 |
リース車両・所有権留保付き車両 | ◎ 使用者・所有者とも変更なし | ✕ リース期間中は所有者変更不可。完済または対象外に | 〇 包括承継だが名義手続きは別途必要 |
駐車場・社宅・トランクルーム等 | ◎ 原則そのまま継続 | △ 個別に承諾が必要 | 〇 包括承継 |
敷金・保証金 | ◎ 会社に残るため影響なし | ✕ 原則承継されない(別途精算が必要) | 〇 包括承継されるのが原則 |
◎=手続き原則不要/〇=原則移転するが確認事項あり/△=相手方の承諾が前提/✕=そのままでは引き継げない
なぜスキームで扱いが180度変わるのか
理由は「契約の当事者が変わるかどうか」の一点に尽きます。
- 株式譲渡 — 売買されるのは株式であって、会社そのものは存続します。契約の当事者は変わらないため、契約は自動的に継続します。
- 事業譲渡 — 契約上の地位を売り手から買い手へ個別に移す取引です。民法539条の2は、契約上の地位を譲渡する合意をした場合、契約の相手方が承諾したときに地位が移転すると定めており、相手方の承諾が移転の条件になっています。
- 会社分割・合併 — 権利義務が包括的に承継されるため、個別の同意は原則不要とされています。ただし会社分割では債権者保護手続(官報公告と催告、最低1か月の異議申述期間)が必要で、スケジュールが1か月以上伸びます。加えて、承継される事業に従事する従業員がいる場合は労働契約承継法に基づく事前通知・協議の手続きも必要です。
出典: 民法第539条の2、会社法(吸収分割・新設分割の包括承継および債権者保護手続)、会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律/確認日 2026-08-07
なお、会社分割の場合に賃貸借契約について賃貸人の承諾が不要と言い切れるかは、契約にCOC条項がある場合など個別事案によって争いになりうる論点です。包括承継だから安心と決めつけず、契約書を確認してください。
スキームそのものの選び方は株式譲渡 vs 事業譲渡 どっちがいい?メリット・デメリット比較で詳しく整理しています。
不動産賃貸借(店舗・オフィス・工場)の承継手続き

借りている物件が事業の中核であるほど、賃貸借契約の扱いはM&Aの成否そのものに直結します。 スキーム別に順を追って確認します。
株式譲渡:原則そのまま。ただし2つの落とし穴がある
株式譲渡では会社の法人格が変わらないため、賃貸借契約はそのまま存続します。この点は最高裁判例でも明確にされています。
賃借人が法人である場合、その構成員や機関に変動が生じても法人格の同一性は失われないため、賃借権の譲渡には当たらない(最判平成8年10月14日の趣旨)。
つまり、株主が全員入れ替わり役員も交代しても、それだけでは民法612条の「賃借権の譲渡」には当たらず、賃貸人は無断譲渡を理由に契約を解除できないのが原則です。小規模・閉鎖的な同族会社であっても同様に扱われます(例外として、法人格が形骸化しているようなケースでは賃借権譲渡に該当しうると指摘されています)。
ただし、株式譲渡でも次の2点は必ず確認してください。
① COC条項(チェンジ・オブ・コントロール条項)
契約書に「株主の変更・支配権の移転・役員の変更があった場合は事前に通知する/賃貸人の承諾を要する/解除事由とする」といった条項が入っていることがあります。実際に、賃貸借契約に「株券譲渡、商号、役員変更等による脱法的な無断賃借権の譲渡」を禁じる条項が置かれていた事案が裁判で争われています(東京地判平成18年5月15日)。
判例上、COC条項があっても解除が常に認められるわけではなく、信頼関係破壊の法理によって制限されると整理されています。裁判所は、賃料支払の確実性、建物の使用態様が変わったか、賃借人が虚偽の説明をしていないか、役員・従業員の変更内容などを総合的に考慮します。とはいえ、「訴訟になれば勝てるかもしれない」という状態でクロージングを迎えるのは論外です。条項があるなら事前に通知・承諾を取りにいくのが実務です。
② オーナー個人の連帯保証
中小企業の事業用賃貸借では、社長個人が連帯保証人になっているケースが少なくありません。株式譲渡で会社を手放しても、連帯保証だけは自動では外れません。この点は後述の専用セクションで詳しく扱います。
事業譲渡:賃貸人の承諾がなければ物件は使えない
事業譲渡で店舗やオフィスを引き継ぐことは、法的には「賃借権の譲渡」に当たります。民法612条1項は次のとおり定めています。
「賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、その賃借権を譲り渡し、又は賃借物を転貸することができない。」
そして2項では、違反した場合に賃貸人が契約を解除できるとされています。判例上、無断譲渡でも「賃貸人に対する背信的行為と認めるに足らない特段の事情がある場合」には解除権は発生しないとされていますが、その立証責任は賃借人側にあります。承諾を取らずに進めるのは現実的な選択肢ではありません。
建物賃貸借で最も厳しいのは、承諾を強制する制度がないことです。借地(土地賃貸借)には後述する「承諾に代わる許可の裁判」がありますが、建物賃借権にはこれに相当する制度が存在しません。つまり、賃貸人がNOと言えば打つ手がないのです。
また、承諾の条件として賃貸人から次のような要求が出ることがあります。
- 賃料の増額
- 敷金・保証金の増額
- 普通建物賃貸借から定期建物賃貸借への切り替え(更新できなくなるため、買い手にとって不利)
- 賃借権の譲渡ではなく、譲受人との新規契約の締結(百貨店・大規模商業施設のテナントではこの扱いが多いとされます)
金銭負担だけでなく、定期借家への切替は買収後の事業継続性そのものに関わります。承諾条件の交渉は買い手も巻き込んで進めてください。
借地(土地賃貸借):地主が拒否しても「借地非訟」がある
建物とともに借地権を移転する場合も地主の承諾が必要ですが、借地借家法19条により、地主が承諾しないときは裁判所に「承諾に代わる許可」を求めることができます(借地非訟)。建物賃借権との決定的な違いであり、借地の方が救済手段がある分だけ有利です。
一方で、承諾を得る際には譲渡承諾料(名義書換料)が発生するのが慣行です。目安として借地権価格の約10%とされることが多いものの、これは法定の料率ではなく、地域・物件・交渉によって変動します。国税庁も、借地権の譲渡・転貸に際して地主に支払われる名義書換料の存在を前提とした取扱いを示しています。
出典: 民法第612条、借地借家法第19条、国税庁「借地権の譲渡又は転貸に際して地主に支払われる名義書換料」、M&Aキャピタルパートナーズ「M&Aにおける借地権譲渡の重要性」、全日本不動産協会 法律相談/確認日 2026-08-07
会社分割:包括承継だが1か月以上のスケジュール確保が必要
会社分割では権利義務が包括承継されるため、個別の同意は原則不要です。ただし次の2点で時間とリスクが発生します。
- 債権者保護手続:官報公告と個別催告が必要で、異議申述期間は最低1か月。分割の効力発生日から逆算してスケジュールを組む必要があります。
- COC条項・譲渡制限条項:契約に「会社分割の場合も事前承諾を要する」旨の規定があれば、包括承継であっても別途論点になります。
【見落とされやすい】敷金・保証金は原則として引き継がれない
賃貸人の承諾を得て適法に賃借権を譲渡した場合でも、敷金に関する権利義務は、特段の事情がない限り新賃借人に承継されません。 民法622条の2第1項2号は、「賃借人が適法に賃借権を譲り渡したとき」に賃貸人は敷金を返還しなければならないと定めています。
これが実務上どういう意味を持つかというと、事業譲渡では原則として次の流れになります。
- 売り手(旧賃借人)が賃貸人から敷金の返還を受ける
- 買い手(新賃借人)が賃貸人へ改めて敷金を差し入れる
つまり買い手側には、譲渡対価とは別に敷金相当額の資金が必要になります。事業用物件の敷金は賃料の数か月分から1年分程度に設定されている例もあり(金額は物件・地域・契約時期によって大きく異なるため、必ず自社の契約書で確認してください)、複数拠点があれば総額は無視できない規模になります。
売り手として押さえるべきポイント
- 事業譲渡契約書に「敷金・保証金の精算方法」を明記する。誰が返還を受け、誰が差し入れ、対価にどう反映するかを曖昧にしない
- 賃貸人が原状回復費用等を控除して返還する可能性があるため、返還見込額を事前に確認する
- 買い手の資金計画に敷金の再差入れが織り込まれているかを、基本合意の段階で確認する
この論点を明示的に扱っている解説記事は多くありません。契約書の条項に落とし込まないまま進めると、クロージング直前に資金繰りの問題が表面化します。
出典: 民法第622条の2、BUSINESS LAWYERS「民法622条の2(敷金)」解説/確認日 2026-08-07
※敷金の返還・再差入れに伴う会計処理と課税関係は個別事情で変わります。具体的な処理は税理士にご確認ください。
手取り額への影響はM&A 売却 手取り額シミュレーション・計算ガイドとあわせて確認してください。
リース契約(複合機・機械・厨房設備・車両)の承継手続き

リース契約は「借りている」という点で賃貸借と似ていますが、物件の所有権がリース会社にあること、そして原則として中途解約できないことが決定的に違います。
リース契約の基本構造
日本で一般的なのはファイナンス・リースで、次の2つの特徴があります。
- 解約不能(ノンキャンセラブル) — 公益社団法人リース事業協会は「基本的にリース期間中の解約(中途解約)は禁止され、中途解約をする場合には、残期間のリース料またはそれに相当する違約金を一括で支払うよう、契約で定められています」と説明しています
- フルペイアウト — リース料総額で物件価額のほぼ全額を回収する仕組み
物件の所有権はリース会社にあり、ユーザー企業が持っているのは使用権のみです。リース契約書には一般に、契約の目的・中途解約の禁止・物件の所有権・契約違反時の措置・物件の返還と清算などの条項が置かれています。
出典: 公益社団法人リース事業協会「リース契約の特徴」「リース契約書の主な条項」/確認日 2026-08-07
株式譲渡の場合:原則そのまま継続
契約者である会社が変わらないため、リース契約はそのまま継続します。確認すべきは次の2点です。
- COC条項・期限の利益喪失事由 — 支配権の変更や役員変更を通知義務や解除事由としている条項がないか
- 代表者個人の連帯保証 — 中小企業のリース契約では代表者保証が付いていることが一般的です。売却後も保証は残ります
対応としては、リース会社へ事前に相談し、連帯保証人の差し替え(買い手の代表者または買い手法人へ)が可能かを確認しておきます。
事業譲渡の場合:ボトルネックは「買い手の与信審査」
リース物件の所有権はリース会社にあるため、契約者の変更(地位承継)にはリース会社の承諾が必須です。ここで多くの記事が触れていない現実的なハードルがあります。
新たにリース債務者となる買い手が、リース会社の与信審査を受け、通過して初めて地位承継が認められます。 買い手の財務内容や設立年数によっては審査に通らないことがあり、その場合は承諾を取りたくても取れません。
承諾が得られない/地位承継ができない場合の3つの選択肢
選択肢 | 内容 | 評価 |
|---|---|---|
① 売り手が残債を一括清算 | リース契約を終了させる。規定損害金が発生しうる | 確実だが売り手の持ち出しが大きい |
② 売り手名義のまま継続し、実費を買い手に請求 | 契約者を変更せず、リース料を買い手に請求する | 推奨されない。売り手に債務と保証が残り続ける |
③ 譲渡対象から外す | 買い手が新規にリース契約を結び直す | 実務上よく使われる。物件の入替コストは要検討 |
残リース残高が大きい高額設備(製造機械・厨房設備一式など)は、基本合意の前段階でリース会社に打診しておくのが実務です。クロージング直前に「承諾が出ない」と判明すると、譲渡対象の組み替えや価格の再交渉が必要になります。
出典: 中小企業M&Aサポート「事業譲渡時の残リースの処理について」、塩見健二税理士事務所「リース取引のM&A、地位承継、連帯保証の変更、解除」/確認日 2026-08-07
車両(社用車・営業車):所有権留保がある間は名義を動かせない
リース車両の車検証は「所有者=リース会社/使用者=ユーザー企業」という構造になっています。
- リース期間中は所有者の変更ができません。 可能なのは使用者変更、または残債完済後の所有権移転登録です
- 自動車ローンで所有権留保が付いている場合も、完済前の名義変更は困難です
- 対応は「一括完済してから移転する」「譲渡対象から外す」のいずれかが基本になります
出典: 国土交通省「リース車両、所有権留保車両の移転・変更手続き」/確認日 2026-08-07
承継にかかる費用の目安:譲渡対価に含まれない持ち出し
契約の承継には、譲渡対価とは別に売り手・買い手の持ち出しが発生します。 手取り額の計算から抜け落ちやすい項目なので、早い段階で見積もっておいてください。
費目 | 目安 | 注意点 |
|---|---|---|
借地権の譲渡承諾料(名義書換料) | 借地権価格の約10%が一つの目安 | 法定ではなく慣行。地域・物件・交渉で変動する |
建物賃借権の譲渡承諾料 | 月額賃料の数か月分で計算される例が多いとされる | 法定の基準はなく、完全に当事者の合意次第 |
敷金・保証金 | 新賃借人が改めて差し入れる金額 | 民法622条の2第1項2号により旧賃借人へ返還が原則 |
リース中途解約時の規定損害金 | 残リース料相当額の一括支払い | ファイナンス・リースは原則中途解約不可 |
賃料・敷金の増額分 | ケースバイケース | 承諾の条件として要求されることがある |
定期建物賃貸借への切替 | 金銭負担はないが更新できなくなる | 買収後の事業継続リスクとして評価すべき |
⚠️ 承諾料について公的機関が公表する統計値は現時点では確認できていません。「賃料の◯か月分」「借地権価格の約10%」といった数値は慣行・個別事例に基づくものであり、法定の相場ではなく交渉次第です。実際の金額は賃貸人・地主との協議で決まります。
※承諾料・リース解約損の損金算入の可否や、敷金精算の税務処理は個別判断になります。税務の詳細は税理士に、契約条件の交渉は弁護士にご相談ください。
出典: 国税庁「借地権の譲渡又は転貸に際して地主に支払われる名義書換料」、M&Aキャピタルパートナーズ、公益社団法人リース事業協会/確認日 2026-08-07
【段階別】いつ・誰に打診するかのスケジュール

「早めに動く」だけでは実務になりません。段階ごとにやることを分けて考えます。
段階 | やること | ポイント |
|---|---|---|
① 売却準備期 | 全契約の棚卸。契約書原本の所在確認 | 契約書が見つからない・更新されていないケースが多い。この時点で洗い出す |
② DD前 | COC条項・譲渡制限条項・連帯保証の有無をリストアップ | 買い手のDDで必ず指摘される。先に把握しておけば交渉の主導権を握れる |
③ 基本合意後 | 主要な賃貸人・リース会社へ打診を開始 | 秘密保持との両立が課題。仲介会社・弁護士と打診順序を設計する |
④ 契約書(SPA/事業譲渡契約)締結時 | 承諾取得をクロージングの前提条件として規定 | 承諾が取れなかった場合の解除権・価格調整も定めておく |
⑤ クロージング | 承諾書・地位承継の合意書を書面で受領 | 口頭の了承では足りない。必ず書面で残す |
⑥ クロージング後 | 連帯保証の解除、名義・使用者変更の完了確認 | 放置すると保証だけが残る。完了通知を書面で受け取る |
打診のタイミングは秘密保持とのトレードオフです。 早すぎると情報が漏れ、遅すぎると承諾が間に合いません。実務では、事業の生命線になっている物件(本社・主力店舗)や残債の大きいリースを優先し、基本合意後に順次打診していくのが一般的です。
承諾書の受領タイミングはM&A クロージングとは?手続き・流れを解説、契約書への落とし込みはM&A SPA(株式譲渡契約書)とはを参照してください。
売却前に洗い出すべき契約の棚卸チェックリスト

「うちは店舗の賃貸借と複合機のリースくらい」と思っている会社ほど、DDで想定外の契約が出てきます。 次のリストで自社の契約を棚卸ししてください。
不動産・場所に関する契約
- 本社オフィスの賃貸借契約
- 店舗・営業所・工場・倉庫の賃貸借契約(拠点ごと)
- 借地(土地の賃貸借)契約
- 駐車場の賃貸借契約(従業員用・社用車用・来客用)
- 社宅・借上げ社宅(会社名義のもの)
- トランクルーム・外部倉庫の契約
- 看板・広告設備の設置契約(屋上・壁面・電柱広告など)
物件・設備に関する契約
- 複合機・OA機器のリース
- 製造機械・工作機械のリース
- 厨房設備・冷蔵冷凍設備のリース
- POSレジ・受発注システムのリース
- 社用車・営業車のリース/所有権留保付きの自動車ローン
- フォークリフト・建設機械のリース
役務・サブスクリプション型の契約
- サーバー・クラウド・SaaSの利用契約(譲渡禁止条項が入っていることが多い)
- ウォーターサーバー・観葉植物・清掃・警備などの継続契約
- 保守メンテナンス契約
各契約について確認する項目
- 契約期間と更新時期(自動更新か、期間満了型か)
- COC条項・譲渡制限条項の有無(最重要)
- 中途解約の可否と違約金の定め
- 連帯保証人が誰になっているか
- 敷金・保証金の金額と差入先
- リースの残存期間と残リース残高
契約書の開示準備を含む売り手側のDD対応はM&A DD(デューデリジェンス)売り手の準備チェックリスト、売却全体の準備は会社売却 準備チェックリストで整理しています。
承諾が取れない・COC条項が見つかったときの対応策
承諾が取れないリスクは、ゼロにはできません。だからこそ契約書でリスクの分担を決めておきます。 実務で使われる主な選択肢は次のとおりです。
対応策 | 内容 | 使いどころ |
|---|---|---|
クロージング前提条件化 | 主要契約の承諾取得をクロージングの条件とし、未達なら解除できるようにする | 事業の生命線になっている物件・設備 |
価格調整 | 承諾が取れない前提で、その物件・設備の価値を対価から差し引く | 代替が効く設備・小規模拠点 |
表明保証+補償 | 「COC条項に抵触する契約はない」等を売り手が表明し、違反時に補償する | 網羅的に洗い出しきれない中小規模の契約群 |
エスクロー | 対価の一部を第三者に預託し、承諾完了後に解放する | 承諾取得に時間がかかる見込みがある場合 |
譲渡対象から除外 | その契約を対象外にし、買い手が新規に契約し直す | リース設備・代替可能な物件 |
スキームの変更 | 事業譲渡から株式譲渡・会社分割へ切り替える | 承諾が必要な契約が大量にある場合 |
特に「承諾が必要な契約が多すぎて事業譲渡では現実的でない」と判明したら、スキームそのものを見直すのが最も効果的です。契約承継の負担は、スキーム選択の重要な判断材料になります。
⚠️ COC条項に該当するかどうか、また賃貸人による解除が有効かどうかは、契約文言と個別事情によって結論が変わります。契約書のレビューは必ず弁護士に依頼してください。
出典: Suinas Consulting「法務DDにおけるCoC条項・譲渡制限条項」、mc-law「COC条項と解除の効力」/確認日 2026-08-07
対価の分割払い・預託の設計はM&A エスクロー・売却代金の分割払い交渉ガイド、表明保証の考え方はM&A 表明保証とはで解説しています。
賃貸借・リースの連帯保証は、会社を売っても自動では外れない
経営者保証の話は銀行借入の文脈で語られがちですが、賃貸借契約とリース契約の連帯保証も同じように残ります。 ここは売り手オーナーにとって最も切実な論点です。
中小企業では、次のような契約でオーナー個人が連帯保証人になっていることが少なくありません。
- 事業用不動産の賃貸借契約(店舗・オフィス・工場)
- リース契約(複合機・機械・車両)
- 継続的な取引基本契約
株式譲渡で会社を手放しても、保証契約は賃貸人・リース会社との間の別個の契約であるため、株式が移転しただけでは解除されません。会社を売った後に借りていた店舗の賃料が滞納されれば、元オーナーに請求が来る可能性があります。
外すための実務手順
- 棚卸の段階で、連帯保証が付いている契約をすべてリストアップする
- 買い手に対し、保証人の差し替え(買い手の代表者または買い手法人への変更)を交渉する
- 契約書(SPA・事業譲渡契約)に、買い手が保証解除に協力・尽力する義務を明記する
- クロージング後、賃貸人・リース会社から書面で保証解除の通知を受け取るまで完了とみなさない
注意すべきは、契約書に書いただけでは保証は外れないという点です。最終的には賃貸人・リース会社が承諾しなければならず、買い手の信用力が売り手より低い場合には拒否されることもあります。
⚠️ 中小企業庁の「経営者保証に関するガイドライン」およびその事業承継時の特則は、金融機関の融資に関する経営者保証を対象としたものです。賃貸借契約・リース契約の連帯保証には直接適用されません。混同しないよう注意してください。
出典: 中小企業庁「事業承継時の経営者保証解除に向けた総合的な対策」「経営者保証に関するガイドラインの特則」、日本M&Aセンター「譲渡した後、個人保証はどうなる?」/確認日 2026-08-07
金融機関に対する経営者保証の外し方は会社売却で個人保証・連帯保証は解除できる?で詳しく解説しています。
新リース会計基準が売却価格に影響しうる
企業会計基準委員会(ASBJ)は2024年9月に企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」を公表しました。公表資料によれば、2027年4月1日以後開始する事業年度から適用され、2025年4月1日以後開始する事業年度からの早期適用が認められています。
主な変更点は、原則としてすべてのリース取引をオンバランス化することです。これまでオフバランス処理されていたオペレーティング・リースも、使用権資産とリース負債として貸借対照表に計上されます。
適用対象は上場企業や会社法上の大会社等であり、中小企業会計指針・中小企業会計要領を採用する中小企業には強制適用されません。ただし、売り手が中小企業でも、買い手が上場企業・大企業であれば影響します。
M&A実務でどう効いてくるか
- 買収後、対象会社のリース契約が買い手の連結財務諸表上でリース負債として計上される
- 企業価値評価では、純有利子負債(ネットデット)の調整を通じて株式価値に影響しうる
- したがって、残リース残高が大きい会社ほど、売却前にリース契約を棚卸しし、残高を正確に把握しておく意味が増している
数値を提示して説明できる状態にしておけば、買い手からの一方的な減額要求を避けやすくなります。
⚠️ 現時点では、この基準の適用時期に関する変更等は確認できていません。実務指針や適用状況は更新される可能性があるため、最新情報はASBJ・リース事業協会の公表資料でご確認ください。会計処理の具体的な適用判断は公認会計士・税理士にご相談ください。
出典: 公益社団法人リース事業協会「リース会計基準の概要」、PwC Japan「新リース会計基準の適用に向けた準備およびスケジュール」/確認日 2026-08-07
企業価値評価への影響はEBITDA倍率とは?M&A企業価値算定の基本とあわせて確認してください。
特に注意が必要な会社/比較的スムーズに進む会社
契約承継の観点から、自社がどちらに近いかを確認してください。
特に慎重な準備が必要な会社
- 飲食業・小売業で、好立地の店舗を借りている — 賃貸人にとって物件の価値が高く、承諾の条件として賃料増額や定期借家への切替を求められやすい
- 百貨店・ショッピングセンターにテナント出店している — 賃借権の譲渡が認められず、譲受人と新規契約を結び直す扱いになることが多い
- 製造業・食品加工業で高額な機械をリースしている — 残リース残高が大きく、リース会社の与信審査が実質的なハードルになる
- 多店舗展開していて賃貸借契約の本数が多い — 事業譲渡だと承諾取得の工数が現実的でなくなる
- 借地の上に自社建物を建てている — 地主との交渉と譲渡承諾料が必要になる
- 事業譲渡を前提に検討している — この記事の論点がすべて自社に当てはまる
比較的スムーズに進みやすい会社
- 株式譲渡を前提としており、契約書にCOC条項がない — 原則として手続きが発生しない
- 自社所有の不動産で事業をしている — 賃貸人との交渉が不要
- リース資産が少なく、残債もほぼ償却済み — 承継できなくても影響が小さい
- 賃貸人・リース会社と良好な関係があり、事前相談ができる — 承諾取得の確度が高い
- 契約書が整理され、原本の所在と条項内容を把握できている — DD対応が早く、交渉に時間を割ける
どちらに該当するにせよ、「株式譲渡を選べば契約承継の問題はほぼ回避できる」というのが原則です。 事業譲渡や会社分割を選ぶ理由(一部事業だけ売りたい、簿外債務リスクを切り離したい等)と、契約承継の負担を天秤にかけて判断してください。
どのスキームが自社に合うかの相談先選びはM&A仲介会社 おすすめ 比較、売却全体の流れは会社売却とは?流れ完全ガイドで整理しています。
よくある質問(FAQ)
Q. 株式譲渡なら、賃貸人に何も言わなくていいのですか?
法的には、株主が変わっただけでは賃借権の譲渡に当たらないため、原則として承諾は不要です。ただし契約書にCOC条項があれば通知・承諾が必要ですし、条項がなくても、賃貸人との関係を維持する観点から事前に説明しておくのが実務的には無難です。何も知らされないまま看板や代表者が変わると、賃貸人の心証を損ない、更新交渉や増床交渉で不利になることがあります。
Q. 賃貸人に承諾を求めたら、賃料を上げると言われました。応じるしかないですか?
承諾するかどうかは賃貸人の判断に委ねられており、建物賃貸借には承諾を強制する制度がないため、交渉で折り合うしかないのが実情です。ただし、増額分をどちらが負担するかは買い手と交渉できます。承諾条件が判明した時点で買い手に共有し、対価や契約条件に反映させる交渉をしてください。増額幅が過大な場合は、弁護士を通じた交渉や、譲渡対象からの除外・スキーム変更も検討対象になります。
Q. リース契約の残債が数千万円あります。売却の障害になりますか?
株式譲渡であれば契約はそのまま継続するため、直接の障害にはなりません。ただし、残リース債務は企業価値評価の際に負債として考慮されるのが通常です。事業譲渡の場合は、リース会社の承諾と買い手の与信審査が必要になるため、基本合意前の段階でリース会社へ打診しておくことを強くおすすめします。
Q. 契約書がどこにあるかわからない契約がいくつかあります。
売却準備の最優先事項として、契約書の原本または写しを収集してください。契約書が見つからないままDDに入ると、買い手側からリスクとして評価され、価格や表明保証の条件に跳ね返ります。 相手方に写しの再発行を依頼する、リース会社に契約内容の照会をかけるなど、時間をかけてでも揃えるべきです。
Q. 承諾を取らずにクロージングしてしまった場合、どうなりますか?
事業譲渡で賃貸人の承諾を得ずに物件を使用した場合、民法612条2項により賃貸人が契約を解除できる可能性があります。判例上、背信的行為と認めるに足らない特段の事情があれば解除は認められませんが、その立証は賃借人側の負担です。事後的に承諾を求める交渉になり、条件面で不利になるのが通常です。まずは弁護士に相談してください。
Q. 賃貸人やリース会社への打診で、売却の話が従業員や取引先に漏れませんか?
打診の際に秘密保持契約を締結するのが実務の基本です。順序としては、事業の生命線になっている契約から少数に絞って打診し、拡散リスクを抑えます。誰に・いつ・どこまで伝えるかは、仲介会社やアドバイザー、弁護士と設計してください。漏洩を恐れて打診を先送りにすると、クロージング直前に承諾が取れず取引そのものが壊れるため、リスクの大きさで優先順位を付ける発想が必要です。
まとめ
- 株式譲渡なら賃貸借もリースも原則そのまま継続する(最判平成8年10月14日)。ただしCOC条項と個人の連帯保証は別途確認が必要
- 事業譲渡では、賃貸人・リース会社の承諾がなければ引き継げない(民法539条の2、612条)。建物賃貸借には承諾を強制する制度がなく、拒否されたら打つ手がない
- 借地には借地非訟(借地借家法19条)という救済があるが、建物賃借権にはない。この非対称性がスケジュールリスクを左右する
- 敷金・保証金は原則承継されない(民法622条の2第1項2号)。事業譲渡では別途精算の取り決めが必要
- リースの地位承継は、買い手がリース会社の与信審査を通過して初めて成立する。残債が大きい設備は早期に打診する
- 連帯保証は自動では外れない。契約書に書くだけでなく、賃貸人・リース会社から書面で解除の確認を取るまで完了ではない
- 契約の棚卸は売却準備の最初にやる。COC条項・連帯保証・残債の3点を洗い出しておけば、DDでも交渉でも主導権を握れる
契約承継の扱いは、契約書の文言と個別事情によって結論が変わります。本記事は全体像を整理したものであり、契約書のレビューと承諾交渉は弁護士に、敷金精算・承諾料・リース解約損の税務処理は税理士にご相談ください。
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出典・参照(確認日 2026-08-07)
- 民法第539条の2(契約上の地位の移転)/第612条(賃借権の譲渡及び転貸の制限)/第622条の2(敷金)
- 借地借家法第19条(借地権の譲渡に対する承諾に代わる許可の裁判)
- 会社法(吸収分割・新設分割の包括承継、債権者保護手続)/会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律
- 最高裁判所 平成8年10月14日判決(法人の構成員・機関の変動と賃借権の譲渡)
- 東京地方裁判所 平成18年5月15日判決(賃貸借契約における支配権移転禁止条項)
- 国税庁「借地権の譲渡又は転貸に際して地主に支払われる名義書換料」
- 中小企業庁「事業承継時の経営者保証解除に向けた総合的な対策」「経営者保証に関するガイドラインの特則」
- 国土交通省「リース車両、所有権留保車両の移転・変更手続き」
- 公益社団法人リース事業協会「リース契約の特徴」「リース契約書の主な条項」「リース会計基準の概要」
- 公益社団法人全日本不動産協会 法律相談「賃借権の譲渡が行われる場合の留意事項」「賃借人企業の株主役員等の変動と無断転貸」「テナントの賃借権譲渡を承諾する際の注意点」
- 弁護士法人ロア・ユナイテッド法律事務所「M&Aと賃貸借」/mc-law「COC条項と解除の効力」/Suinas Consulting「法務DDにおけるCoC条項・譲渡制限条項」
- 中小企業M&Aサポート「事業譲渡時の残リースの処理について」/塩見健二税理士事務所「リース取引のM&A、地位承継、連帯保証の変更、解除」
- M&Aキャピタルパートナーズ「M&Aにおける借地権譲渡の重要性」「地位承継とは」/日本M&Aセンター「譲渡した後、個人保証はどうなる?」
- PwC Japan「新リース会計基準の適用に向けた準備およびスケジュール」/BUSINESS LAWYERS「民法622条の2(敷金)」
