株式譲渡で会社を売る場合、会社名義の社用車・ゴルフ会員権・保養所・美術品は、原則としてそのまま買い手のものになります。 手元に残したいなら、クロージングまでに①オーナー個人(または資産管理会社)が時価で買い取る、②役員退職慰労金として現物支給する、③第三者に売却して現金化する、のいずれかを実行しておく必要があります。
ただし「残せるかどうか」より難しいのは、いくらで買い取るかです。時価より安く買えば差額が役員給与と認定され、法人税・所得税・消費税の三方向で不利益が生じます。逆に時価どおり買えば、法人側で譲渡益に課税されるため、株価がその分だけ目減りします。
この記事でわかること:
- 社用車・ゴルフ会員権・保養所・リゾート会員権・美術品が、M&Aでそれぞれどう扱われるかの一覧
- 手元に残す4つの方法と、税・費用・手間の違い
- 税務署に否認されにくい「時価」の決め方と、根拠として残すべき資料
- 切り離した場合と、そのまま渡した場合の手取り総額の比較(時価500万円の社用車のケース)
- 自動車保険の等級・利益相反取引の決議・名義書換の停止など、実務で日程を壊しやすい落とし穴
- デューデリジェンス(DD)から逆算した着手時期
この記事は、会社の売却を検討していて、社長が乗っている車・法人名義のゴルフ会員権・別荘や保養所を、買い手に渡さず手元に残したいと考えているオーナー経営者に向けて書いています。
ご注意: 本記事は2026年8月6日時点で確認した国税庁・行政の公表情報および専門家の解説をもとにした一般的な整理です。税務の取り扱いは会社の資本構成、資産の内容、取引の経緯によって結論が変わります。実際の価格設定・スキーム選定・申告は、必ずM&A実務に精通した税理士にご相談ください。

まず結論:株式譲渡なら「会社の持ち物」はすべて買い手に渡る
株式譲渡では会社の法人格がそのまま存続し、株主だけが入れ替わります。 会社が持っている資産・負債・契約はすべて会社に残ったままなので、社長個人が使っていた車も、法人名義のゴルフ会員権も、誰も使っていない保養所も、何もしなければ買い手のものになります。
M&A実務でも、車両については「事業に必要な車両はそのまま相手方に引き継がれ、経営者の個人利用が主目的の車両は、経営者本人が買い取るか、M&A後に会社が売却する」という整理が基本線とされています。
出典:M&Aナビ「M&Aを行う際に、会社名義で所有している車はどうなりますか?」(確認日:2026年8月6日)
一方、事業譲渡や会社分割であれば、譲渡する資産を個別に選べます。 ただしスキームの選択は税負担・許認可・従業員の扱いに直結するため、「車を残したいから事業譲渡にする」という判断は本末転倒です。スキームの違いは「株式譲渡 vs 事業譲渡 どっちがいい 比較」で整理しています。
なお、会社と個人の資産を切り分けておくことは、M&Aのためだけの作業ではありません。中小企業庁「事業承継ガイドライン(第3版・令和4年3月改訂)」でも、事業承継のステップとして、経営者所有の不動産で事業に利用しているものの有無、会社と経営者間の貸借関係、経営者保証の有無などを整理する「会社と個人の関係の明確化」が挙げられています。
出典:中小企業庁「事業承継ガイドライン(第3版)」(PDF)(確認日:2026年8月6日)
資産別・M&Aでの扱いと処理方法の一覧
まず自社の固定資産台帳を開いて、「これは事業の売上に貢献しているか」で仕分けしてください。貢献していないものが検討対象です。
資産 | 何もしなければ | 手元に残す主な方法 | 時価の決め方 | 手続きの重さ・期間の目安 |
|---|---|---|---|---|
社用車(社長・家族が私用で使用) | 買い手に承継 | 個人が時価で買い取り/退職金の現物支給 | 中古車買取業者の査定(複数社)、中古車相場サイト | 軽い。名義変更は数日〜2週間(車庫証明の取得を含む) |
社用車(リース車両) | リース契約ごと承継 | 原則そのまま。移すには中途解約が必要 | — | 重い。違約金が発生しうる |
ゴルフ会員権 | 買い手に承継 | 個人が時価で買い取り/業者へ売却 | 会員権取引業者の相場・査定 | 中〜重い。名義書換料と入会審査があり、数週間〜数か月 |
リゾート会員権 | 買い手に承継 | 同上 | 運営会社・仲介業者の相場 | 中。クラブの承認と名義変更料が必要 |
保養所・別荘(不動産) | 買い手に承継 | 売買/現物分配/会社分割/退職金の現物支給 | 不動産鑑定、公示価格・路線価等の目安 | 重い。登記・流通税が発生し、1〜3か月 |
美術品・絵画・骨董品 | 買い手に承継 | 個人が時価で買い取り | 買取業者の査定書・鑑定書 | 軽い。ただし時価の立証が難しい |
役員貸付金・仮払金 | 債権として承継 | クロージング前に精算するのが原則 | — | 軽い(資金の手当てが論点) |
このうち、金額が大きく手続きも重い保養所・別荘などの不動産については、専用記事で詳しく扱っています。 本記事では概要にとどめますので、不動産が主役の方は「M&A前の遊休不動産・社用資産の切り離しガイド」をあわせてご覧ください。
関連記事: 資産以外も含めた売却前の財務整理は「M&A売却前の財務クリーニング」、法人保険の扱いは「会社売却時の法人保険・役員退職金プランの整理ガイド」で解説しています。
そもそも切り離すべきか——4つのステップで判断する

「使っていない資産は全部外に出したほうがよい」というのは、少なくとも社用車・会員権のような少額資産については正しくありません。動かせば税金と手間がかかり、その分だけ株価が下がるからです。 次の順で判断してください。
ステップ1:それは事業で使っているか
営業車、配送車、工事車両など事業運営に不可欠な車両は、切り離してはいけません。切り離すと買い手は別途調達が必要になり、その分を価格から差し引かれます。取引先の接待に実際に使っているゴルフ会員権も、買い手が引き継ぐ判断をすることがあります。
ステップ2:買い手はそれを評価するか
買い手が「使わない」と判断した資産は、買収総額を押し上げるだけの負担になります。特に上場企業や投資ファンドが買い手の場合、保養所や高級車は「引き継ぎたくないもの」として扱われるのが通常です。この場合、売り手が先に整理しておくほうが交渉はスムーズになります。
ステップ3:オーナーに買い取り資金があるか
時価で買い取るには現金が必要です。資金がなければ、役員退職慰労金の現物支給という選択肢か、そのまま渡す判断になります。
ステップ4:手取り総額で比較してどちらが多いか
ここが最も重要です。「株価がいくら下がるか」だけを見て諦める人が多いのですが、比べるべきは ①株価の下落額(税引後)、②個人が支払う買取価額、③会社側で発生する税負担 を合算した最終的な手取りです。具体的な計算は後述の「株価への影響と手取り総額の比較」で示します。
手元に残す4つの方法と比較
比較項目 | ①そのまま承継 | ②個人・資産管理会社が時価で買い取り | ③役員退職慰労金の現物支給 | ④第三者・買取業者へ売却 |
|---|---|---|---|---|
手元に残せるか | ✕ | ○ | ○ | ✕ |
買い取り資金 | 不要 | 必要 | 不要 | 不要 |
会社側の課税 | なし | 譲渡益に法人税等/消費税の課税売上 | 譲渡益に法人税等(退職金は損金) | 譲渡益に法人税等 |
受け手側の課税 | — | なし(時価取引なら) | 退職所得(控除後1/2課税・分離課税)※例外あり | — |
時価の立証 | 不要 | 必須 | 必須 | 不要(市場価格そのもの) |
手続きの重さ | なし | 軽い(契約書+名義変更) | 中(株主総会決議・退職金規程) | 軽い |
最大の論点 | 手元に残らない | 低額譲渡による役員給与認定 | 決議の書き方(代物弁済リスク) | 売却損益が業績・純資産に影響 |
※退職所得の「1/2課税」には例外があります。役員等としての勤続年数が5年以下の場合(役員等に係る短期退職手当等)は、退職所得控除後の金額を2分の1にする計算が適用されません。自身の勤続年数で適用可否が変わるため、税理士に確認してください。
出典:国税庁 No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得)(確認日:2026年8月6日)
①そのまま買い手に承継してもらう
手続きコストはゼロで、資産の時価はそのまま株価に反映されます。 事業で使っている車両や、買い手が引き継ぎを希望した資産はこれが基本です。ただし、買い手が不要と判断した場合には、価格交渉で減額されたり、「クロージングまでに処分すること」を条件にされたりすることがあります。
②オーナー個人・資産管理会社が時価で買い取る
もっとも一般的な方法です。 売買契約書を作り、代金を支払い、名義を変更するだけで完結します。論点は「時価をいくらにするか」の一点に集約されます(詳細は後述)。
なお、車両のような課税資産を会社から買い取る場合、会社が課税事業者であれば売買代金に消費税が上乗せされます。 「時価500万円の車を買い取る」場合の実際の支払額は、消費税相当額を含めた金額になる点を資金計画に織り込んでください。
こんな場合に向いています: 対象が社用車・会員権など少額で、買い取り資金を用意できる場合。
おすすめしないケース: 時価が高額で資金を用意できない場合、含み益が大きく法人税負担が重くなる場合。
③役員退職慰労金の現物支給
オーナーが売却と同時に退任する場合の有力な選択肢です。 退職慰労金を現金ではなく資産そのもので支給するため、買い取り資金が不要で、受け取る側は退職所得(退職所得控除を差し引いた後の金額に課税、分離課税)という比較的軽い課税で済みます。
ただし決議の書き方を間違えると、この設計は崩れます。 株主総会で最初から「退職金の一部を現物で支給する」と決議していれば退職金の支給として扱われますが、いったん金銭で支給すると決議した後に現物で支払うと、代物弁済として消費税の課税対象になると解説されています。
出典:税理士法人中野会計事務所「役員退職金としての車両の現物支給【消費税】」、税理士法人ライトハンド「役員退職金として会社所有の不動産を役員個人に渡す場合の消費税」、ZEIKEN LINKS「株式譲渡スキームにおける役員慰労退職金支給〜現金支給・現物支給の有利不利判定〜」(確認日:2026年8月6日)
退職金総額そのものが同業・同規模に照らして過大と判断されれば、超過部分は損金不算入になります。株主総会議事録の文言と退職慰労金規程は、必ず事前に税理士のレビューを受けてください。
関連記事: 退職金スキームの計算方法と否認リスクは「M&A 役員退職慰労金の活用・節税ガイド」で詳しく扱っています。
④第三者・買取業者へ売却して現金化する
時価の疑義が生じないのが最大の利点です。 市場で売った価格がそのまま時価になるため、低額譲渡の指摘を受けません。手元に残せない代わりに、会社に現金が入り、買い手にとっても分かりやすい状態になります。ゴルフ会員権のように相場が公表されている資産では、現実的な選択肢です。
「時価」の決め方——ここを誤ると三方向から課税される

税務上は簿価ではなく時価で取引するのが原則です。 減価償却が終わって簿価1円になっている社用車でも、中古市場で50万円の値がつくなら時価は50万円です。1円で個人に売れば、差額が問題になります。
法人が役員に対して資産を無償または低い価額で譲渡した場合、次の3つが同時に起こります。
① 法人税:差額が役員給与(賞与)と認定され、損金不算入になりうる
役員が受ける経済的な利益は役員給与として扱われます。毎月おおむね一定でない一時的な利益は定期同額給与に該当しないため、原則として損金に算入できません。
出典:国税庁 No.5202 役員等に対する経済的利益、国税庁 法人税基本通達 第2款 経済的な利益の供与(確認日:2026年8月6日)
② 所得税:役員個人に給与所得課税、会社に源泉徴収義務
差額が役員賞与とされれば、個人には給与所得として所得税・住民税がかかり、会社には源泉徴収義務が生じます。安く買ったつもりが、累進税率で課税される結果になりかねません。
③ 消費税:時価のおおむね50%未満なら、時価が課税標準になる
法人が役員に資産を贈与または著しく低い価額で譲渡した場合、実際に受け取った金額ではなく時価を課税標準として消費税が課税されます。「著しく低い価額」の目安は時価のおおむね50%未満とされています。
出典:国税庁 No.6321 法人の役員に対する贈与・低額譲渡の取扱い(確認日:2026年8月6日)
よくある誤解:所得税法59条の「みなし譲渡」ではありません
インターネット上の解説では、「時価の2分の1未満で売ると、時価で売ったものとみなされる」という所得税法59条のルールを、法人から個人への譲渡に当てはめている記述が見られます。この規定が適用されるのは、個人から法人へ譲渡した場合です。
出典:国税庁 No.3217 時価より低い価額で売ったとき(確認日:2026年8月6日)
今回のテーマである法人から個人(役員)への譲渡で問題になるのは、上記①〜③、つまり役員給与の認定と消費税の時価課税です。混同したまま価格を決めると、想定していないところで課税されます。
根拠として残しておくべき資料
- 社用車:中古車買取業者の査定書(できれば複数社)、車種・年式・走行距離が分かる中古車相場サイトの検索結果(日付入り)
- ゴルフ会員権:会員権取引業者の相場表・査定書
- 美術品:買取業者の査定書、鑑定書
- 共通:価格決定の経緯を残した取締役会議事録・稟議書
税務調査では、時価からかけ離れた不自然な取引(極端に低い売買金額や無償譲渡)が指摘されやすいと解説されています。価格そのものより、「その価格にした理由を説明できる資料があるか」が実務上の防御になります。
出典:みそら税理士法人「法人から個人へ車両を売却・無償譲渡する際の税務処理と注意点」(確認日:2026年8月6日)
社用車の処理実務——名義変更・保険等級・リースの3点に注意
名義変更(移転登録)の手続きと必要書類
手続き先は、使用の本拠地を管轄する運輸支局です。主な必要書類は次の通りです。
旧所有者(会社側)
- 車検証
- 譲渡証明書(実印の押印が必要)
- 印鑑証明書(発行から3か月以内)
- 委任状
新所有者(個人側)
- 印鑑証明書
- 車庫証明書(保管場所を管轄する警察署で事前に取得。取得に日数がかかります)
- 委任状
出典:行政書士法人Tree「法人名義の自動車登録・名義変更手続き」、車庫証明サポートセンター東京「法人・会社名義の自動車の名義変更」(確認日:2026年8月6日)
見落としがちな「利益相反取引」の承認決議
会社と取締役個人との売買は、会社法上の利益相反取引(直接取引)に当たります。 取締役会設置会社では取締役会、非設置会社では株主総会の承認決議が必要で(会社法356条・365条)、実務でも名義変更の必要書類として会社側の議事録が案内されています。
この議事録がないと、DDで必ず指摘されます。 「オーナーが会社の車を勝手に安く買った」という形に見えるため、表明保証の対象にもなり得ます。売買契約書・議事録・査定書の3点セットを残してください。
自動車保険の等級は原則として引き継げない
実務で最も見落とされるポイントです。 自動車保険の等級を法人契約から個人へ引き継ぐには、一般に「ノンフリート契約であること」に加えて「法人が解散していること」が要件とされています。
出典:SBI インズウェブ「自動車保険を法人から個人へ切り替えたら等級は引き継げる?」、三井ダイレクト損保「自動車を法人名義へ変更する場合の自動車保険の等級」(確認日:2026年8月6日)
株式譲渡によるM&Aでは会社は存続し続けるため、この要件を満たしません。 つまり個人で新規契約となり、6等級スタートで保険料が大きく上がるケースが多くなります。20等級で長年契約していた場合、年間の保険料負担が数万円単位で増えることも珍しくありません。
取り扱いは保険会社ごとに異なります。車の名義を移すと決める前に、契約中の保険会社に「この形で等級を引き継げるか」を必ず確認してください。
リース車両・ローン残債付き車両は原則として動かせない
カーリース車両の所有権はリース会社にあるため、契約期間中の名義変更は原則としてできません。 使用者の変更もリース契約に基づきリース会社の事前承諾が必要で、無断で変更すれば契約解除事由になり得ます。個人に移すには中途解約が必要で、残リース料相当の違約金・手数料が発生します。
出典:グーネット定額乗りマガジン「リース契約をしている車の名義変更はできる?」、行政書士法人Tree「車両リース契約の中途解約」(確認日:2026年8月6日)
ローン(所有権留保)付きの車両も、完済するまで名義変更はできません。リース・ローン付きの車は「そのまま買い手に承継してもらう」が現実的な結論になることが多いと考えておいてください。
ゴルフ会員権の処理実務——名義書換のハードルが日程を左右する
法人名義のゴルフ会員権は、税務よりも先に「そもそも名義を変えられるか」を確認すべき資産です。
名義書換料と入会審査
名義書換料はゴルフ場ごとに大きく異なり、10万円〜100万円が大半とされています。正会員が最も高く、平日会員・週日会員は正会員の50〜80%程度が相場です。極端な例では1,000万円を超えるクラブもあります。負担するのは新たに入会する側(譲受人)が通例です。
出典:ゴルフホットライン「ゴルフ会員権の名義変更(名義書換)」、アコーディア・ゴルフ「名義書換料一覧」(確認日:2026年8月6日)
具体的な金額はクラブごとに必ず個別確認してください。 さらに問題になるのが次の2点です。
- 名義書換を停止しているクラブがある — 停止中は譲渡自体ができません
- 入会審査がある — 面接や推薦者が必要なクラブでは、手続きに数週間〜数か月かかることがあります
つまり、「M&Aの最終契約の直前に名義を移そう」と考えていると間に合わない可能性があるということです。会員権を残したいなら、仲介会社に相談した段階でクラブに手続き・所要期間を確認しておいてください。
法人が保有していたときの税務
法人会員として入会した場合の入会金は、原則として資産計上され、償却はできません。ただし記名者である役員・従業員が専ら個人的に利用している場合は、その者への給与として扱われます。入会金を資産計上している場合、年会費やロッカー代は交際費となります。
出典:国税庁 No.5381 ゴルフクラブの入会金と会費の取扱い(確認日:2026年8月6日)
「社長しか使っていないゴルフ会員権」は、保有段階ですでに給与認定のリスクを抱えていることになります。DDで利用実績を確認されることもあるため、この点も含めて税理士に整理を依頼しておくのが安全です。
消費税は課税取引として扱われる
ゴルフ会員権(ゴルフ場利用株式等・預託に係る金銭債権)は、消費税が非課税となる有価証券等の範囲から除外されており、預託金方式・株式方式のいずれも譲渡は課税取引とされています。ゴルフクラブが収受する年会費・名義書換料・プレー代・ロッカー代も課税対象です。
出典:国税庁 No.6249 ゴルフ会員権(確認日:2026年8月6日)
一部の解説では「会員権本体は不課税」と整理しているものもありますが、国税庁の記載に沿えば課税取引です。 自社の会員権の類型ごとの扱いは、顧問税理士に確認してください。
個人が譲り受けた後に売却した場合の課税
ゴルフ会員権を個人が売却した場合の所得は、譲渡所得として総合課税されます。ポイントは3つです。
- 所有期間5年以下は短期、5年超は長期。長期は課税譲渡所得金額を2分の1にする
- 譲渡益から特別控除50万円(他の総合譲渡と通算した年間の上限。短期の利益から優先して控除)
- 売却損は、原則として給与所得・事業所得など他の所得と損益通算できない
出典:国税庁 No.3158 ゴルフ会員権の譲渡による所得(確認日:2026年8月6日)
損益通算は平成26年度税制改正により、2014年4月1日以後の譲渡から適用が廃止されています。
出典:税理士法人山田&パートナーズ「ゴルフ会員権売却損の損益通算廃止」(確認日:2026年8月6日)
なお取得費には、入会金・預託金・株式払込金のほか、第三者から取得した場合の購入価額、名義書換料、会員権業者への手数料を含められます。
出典:国税庁 質疑応答事例「ゴルフ会員権を譲渡した場合の取得費及び譲渡費用」(確認日:2026年8月6日)
ゴルフ会員権は相場が業者から公表されており時価が明確なため、低額譲渡が指摘されやすい資産です。 相場サイトの提示価格と業者査定を、日付入りで保存しておいてください。
保養所・別荘・リゾート会員権の扱い
保養所や別荘は、買い手からすると固定資産税・管理費・修繕費というキャッシュアウトを伴う非事業用資産であり、株価交渉でマイナスに評価されやすい資産です。オーナーが手元に残したい意向を持つことも多く、切り離しの優先度は高くなります。
税務面では、保養所などの福利厚生施設の取得費・維持管理費は、一定の要件を満たす限り福利厚生費として処理できます。しかし全社員が利用できる実態がなく、役員だけが使っている場合には、福利厚生費が否認されて役員給与と認定されるリスクがあります。
出典:ハウスバード「保養所の購入や管理に使用した資金は経費計上可能?」、MCS「経営者が最低限知っておきたい!福利厚生費等の税務」(PDF)(確認日:2026年8月6日)
切り離す方法は、売買・剰余金の配当(現物分配)・役員退職慰労金の現物支給・会社分割の4つで、不動産である以上登録免許税・不動産取得税という流通税が必ず発生します。 金額も手続きも重いため、社用車や会員権とは別物として計画してください。詳しい税率・費用の目安・スケジュールは「M&A前の遊休不動産・社用資産の切り離しガイド」で扱っています。
リゾート会員権(会員制リゾートクラブ等)も、名義変更料と年会費が発生し、譲渡にクラブの承認を要する点はゴルフ会員権と同様です。運営会社に手続き・費用・所要期間を早めに確認してください。
美術品・絵画・骨董品の扱い
社長室や応接室の絵画・調度品も、会社名義であれば買い手に承継されます。処理方法は個人が時価で買い取るのが基本ですが、時価の把握が難しく、評価をめぐるトラブルになりやすい資産です。
税務上の資産区分は、平成27年度の改正で整理されています。2015年(平成27年)1月1日以後に取得する美術品等は、取得価額が1点100万円未満なら原則として減価償却資産、1点100万円以上なら原則として非減価償却資産として扱われます。ただし100万円未満でも「時の経過により価値が減少しないことが明らかなもの」は非償却、100万円以上でも「時の経過により価値が減少することが明らかなもの」は償却が可能です。過去に取得した美術品等について、資産区分を減価償却資産へ変更することも認められています。
出典:国税庁「美術品等についての減価償却資産の判定に関するFAQ」、国税庁「法人税基本通達等の一部改正について(解説)」(PDF)(確認日:2026年8月6日)
買い取る場合は、必ず買取業者の査定書か鑑定書を取得してください。 「社長が個人的に選んだ絵だから簿価で買った」という説明は、税務上もDD上も通りません。
株価への影響と手取り総額の比較
多くの経営者が心配するのが、「切り離したら売却価格はその分そのまま下がるのか」という点です。答えは「時価純資産に含まれる分だけ下がるが、下がる額と手元に残る資産を比べて判断すべき」です。
中小企業のM&Aで多用される時価純資産+のれん(年買法)では、時価純資産に営業利益の3〜5年分を加算して価格を算定します。非事業用資産の時価は時価純資産に含まれるため、切り離せばその分だけ株価に影響します。DCF法でも、事業価値に非事業用資産を加算して株式価値を求めるのが原則です。
出典:マクサス・コーポレートアドバイザリー「年買法(年倍法)には理論的根拠なし」、日本M&Aセンター「企業価値評価とは?」(確認日:2026年8月6日)
時価500万円・簿価1円の社用車で比較する
法人実効税率を30%、株式譲渡益への課税を20.315%(個人株主の申告分離課税)と仮定した、あくまで考え方を示すための簡易試算です。消費税の影響は除いています。
項目 | ケースA:そのまま買い手に渡す | ケースB:オーナーが500万円で買い取る |
|---|---|---|
時価純資産への反映 | 車の時価 +500万円 | 現金500万円 − 譲渡益への法人税等150万円 = +350万円 |
株式譲渡代金の増加分 | +500万円 | +350万円 |
譲渡所得税等(20.315%) | △約101.6万円 | △約71.1万円 |
売却による手取り増加分 | 約398.4万円 | 約278.9万円 |
個人の支出 | 0円 | △500万円 |
手元に残る資産 | なし | 時価500万円の車 |
この試算から読み取れることは2つです。
第一に、車を手元に残すための実質的なコストは、手取りの差額である約119.5万円です。「500万円払わないと車が残らない」のではなく、「500万円の現金を時価500万円の車に置き換えたうえで、法人税分の約120万円を追加負担する」という構造になります。なお実際には、会社が課税事業者であれば買い取り時に消費税相当額の資金が別途必要になります(会社側では預かった消費税を納付するため、手取り比較の結論は大きくは変わりません)。
第二に、この計算はケースAで買い手が資産を時価どおり評価してくれることが前提です。 買い手が「社長の高級車は使わない」と判断して株価に反映しない、あるいは「クロージング前に処分してほしい」と求めてきた場合、ケースAの手取り増加分は小さくなり、切り離しコストは実質的に下がります。買い手の意向を確認してから最終判断するのが合理的です。
※実効税率・譲渡益の額・会社の課税所得の状況によって結論は変わります。上記は仕組みを理解するための単純化した例であり、実際の試算は必ず顧問税理士に依頼してください。
関連記事: 株価の決まり方は「M&A バリュエーション手法比較(DCF・類似会社・年買法)」、税引後にいくら残るかは「M&A 売却 手取り額シミュレーション・計算ガイド」で解説しています。
いつまでにやるか——DD開始前が実質的な締切

結論として、社用車・会員権の整理はデューデリジェンス(DD)開始前までに終えておくのが基本です。 DDは対象企業のリスク把握と企業価値の公正な評価を目的とし、財務DDでは資産の実在性と評価の妥当性が検証されます。期間は概ね1〜2か月、小規模な案件では2週間程度とされています。
出典:日本M&Aセンター「デューデリジェンス(DD)とは」、タナベコンサルティング「M&Aにおけるデューデリジェンス」(確認日:2026年8月6日)
時期 | やること |
|---|---|
仲介会社に相談した時点 | 固定資産台帳の棚卸し、事業用/非事業用の仕分け、税理士への相談開始 |
企業概要書(IM)の作成前 | 手元に残す資産の決定、時価の査定取得、ゴルフクラブ・リース会社・保険会社への照会 |
買い手候補との交渉中 | 買い手の意向確認(引き継ぐか/処分してほしいか)、取締役会・株主総会の決議 |
DD開始前(実質的な締切) | 売買契約の締結、代金決済、名義変更の完了、議事録・査定書の整理 |
DD期間中 | 買い手からの質問対応。この段階での資産移動は原則として避ける |
DD開始後や最終契約の直前に資産を動かすのは避けてください。 買い手から見れば「価格算定の前提が途中で変わった」ことになり、交渉のやり直しや不信感につながります。整理せずにDDに入ってしまった場合は、隠さずに現状を説明し、価格調整または「クロージングまでに処分する」という前提条件(誓約事項)として最終契約に織り込むのが実務的な対応です。
関連記事: 時期別にやることは「会社売却 タイムライン別チェックリスト」、DDで求められる資料は「M&A DD(デューデリジェンス)売り手の準備チェックリスト」にまとめています。
見落としやすい6つの落とし穴
1. 自動車保険の等級が引き継げない
株式譲渡では会社が存続するため、法人契約の等級を個人に引き継げないケースが多くなります。名義変更を決める前に保険会社へ確認してください。
2. 利益相反取引の承認決議・議事録がない
会社と取締役個人の売買には、取締役会(非設置会社は株主総会)の承認が必要です(会社法356条・365条)。議事録の不備はDDで必ず指摘されます。
3. リース車両を動かそうとして違約金が発生する
リース期間中の名義変更は原則できません。中途解約すれば残リース料相当の違約金がかかります。
4. ゴルフ会員権の名義書換が停止されている/審査に時間がかかる
「譲渡したくてもできない」ケースが実際にあります。スケジュールを壊す最大の要因です。
5. 消費税の論点を見落とす
時価の50%未満で譲渡すると時価が課税標準になります。ゴルフ会員権の譲渡も課税取引です。法人側の消費税申告への影響を必ず確認してください。
6. 退職金の現物支給を「後から」決める
金銭支給を決議した後に現物で渡すと、代物弁済として消費税の課税対象になると解説されています。決議の順序と文言が結論を分けます。
整理を進めるべき企業/急がなくてよい企業
早めに整理に着手したほうがよい企業
- 社長や家族が私用で使っている車が会社名義になっている(買い手はまず引き継ぎを望みません)
- 法人名義のゴルフ会員権を、実質的に社長だけが使っている(保有段階から給与認定のリスクがあります)
- 保養所・別荘が会社名義で、稼働実態がない(固定資産税・管理費が買い手の負担になります)
- オーナーが売却後もその資産を使い続けたい(クロージング後に交渉しても、原則として応じてもらえません)
- DD開始まで3か月以上の余裕がある(名義書換の審査期間を確保できます)
無理に切り離さなくてよいケース
- 営業車・配送車など、事業運営に不可欠な車両(切り離すと事業の評価が下がります)
- 買い手が「そのまま引き継ぎたい」と明言している資産(交渉をこじらせるだけです)
- リース・ローン残債が付いている車両(動かすコストが手元に残す価値を上回りやすい)
- オーナーに買い取り資金がなく、退職金の設計もこれからという状況
- 時価が低く、名義書換料・登記費用・査定費用のほうが高くつく資産
- 切り離した後の維持コストを負担する意思がない場合(車検・保険・年会費・固定資産税はすべて個人負担に移ります)
判断のポイントは「残した後、その資産をどうするか」まで決まっているかどうかです。 年会費だけ払い続けて使わないゴルフ会員権を個人で抱え込むより、会社にあるうちに売却して現金化するほうが合理的なケースは少なくありません。
よくある質問
Q. 社長個人が乗っている車を、M&A後もそのまま乗り続けることはできますか?
会社名義のままでは、買い手の許可がない限り難しいと考えてください。株式譲渡後、その車は買い手が経営する会社の資産です。乗り続けたいなら、クロージング前に時価で買い取って名義を個人に移しておくのが確実です。どうしても間に合わない場合は、最終契約で「クロージング後◯日以内に時価で譲渡する」と定めておく方法もありますが、価格の算定根拠を事前に共有しておく必要があります。
Q. 会社名義のゴルフ会員権を個人名義に変えたいのですが、ゴルフ場に断られることはありますか?
あります。名義書換を停止しているクラブでは、そもそも手続きができません。入会審査を設けているクラブでは、面接や推薦者が求められ、承認まで時間がかかることもあります。まずクラブの会員権担当窓口に、名義書換の可否・費用・所要期間を確認してください。 変更できない場合は、会社に残して買い手に承継してもらうか、業者に売却して現金化するかの二択になります。
Q. 車を1円で個人に売ったら何が問題になりますか?
時価が1円でない限り、差額が役員給与(賞与)と認定される可能性があります。会社側は損金不算入かつ源泉徴収漏れ、個人側は給与所得課税、さらに時価のおおむね50%未満なら消費税も時価を課税標準として課されます。帳簿価額が1円であることと、時価が1円であることは別の話です。
Q. 保養所を残したまま会社を売ることはできますか?
できますが、クロージング前に会社から切り離す手続きが必要です。不動産のため登録免許税・不動産取得税といった流通税と登記手続きが発生し、社用車や会員権より時間もコストもかかります。金額が大きい分、株価への影響も大きくなるため、売買・現物分配・会社分割のどれを使うかを含めて、早い段階で税理士とM&Aアドバイザーの双方に相談してください。
Q. 非事業用資産を切り離すと、売却価格はその分そのまま下がるのですか?
時価純資産に含まれていた分は下がります。ただし、切り離しに伴って会社側で法人税が発生する場合、下がる額は時価そのものではなく「時価−税負担」に相当します。また、買い手がその資産を評価していない場合は、そもそも株価に反映されていないこともあります。本記事の「株価への影響と手取り総額の比較」の考え方で、税理士に個別試算を依頼してください。
Q. 買い手から「この資産は引き取れない」と言われたらどうすればよいですか?
その資産をクロージングまでにどう処理するかを、最終契約の前提条件として合意します。実務的には、①オーナーが時価で買い取る、②第三者に売却して現金化する、③価格を減額して引き継いでもらう、の3案を比較します。指摘された時点で慌てて動かすと時価の根拠を残す余裕がなくなるため、査定だけは早めに取っておくと交渉が楽になります。
Q. 整理せずにDDに入ってしまったらどうなりますか?
隠すのが最悪の選択です。固定資産台帳と実態の不一致、役員個人との取引、議事録の不備はDDで判明します。後から発覚すると、価格交渉のやり直しや表明保証違反の主張につながりかねません。現状をそのまま開示し、クロージングまでの処理方法を交渉のテーブルに乗せてください。
Q. 資産管理会社を持っている場合、個人ではなく資産管理会社で買い取ったほうがよいですか?
保有目的と将来の出口によって変わります。資産管理会社で受ければ、維持費を法人の経費として処理できる余地があり、相続対策との整合も取りやすくなります。一方、社用車のように私的利用が中心の資産では、資産管理会社側でも同じ給与認定の論点が生じます。資本構成と利用実態によって結論が変わるため、税理士に個別に確認してください。
相談する前に整理しておくとよいこと
社用車・ゴルフ会員権・保養所の処理は、税務・法務・M&Aの交渉が絡み合う論点です。相談の前に、次の3つを手元にまとめておくと話が早く進みます。
- 固定資産台帳と、資産ごとの利用実態(誰が・どの頻度で使っているか)
- 手元に残したい資産の優先順位(絶対に残したいもの/条件次第で手放してよいもの)
- 各資産の概算時価(中古車査定、会員権相場、不動産の固定資産税評価額など)
そのうえで、税務の判断は顧問税理士に、スキームと交渉上の扱いはM&A仲介会社・FAに確認してください。本記事は一般的な整理であり、個別の税務判断・法務判断に代わるものではありません。実行前に必ず税理士・弁護士にご相談ください。
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