キーマン条項とは?M&Aの拘束期間は2〜3年・キーパーソンの対策
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キーマン条項とは?M&Aの拘束期間は2〜3年・キーパーソンの対策

キーマン条項(キーパーソン条項)とは、M&A後も売り手経営者を一定期間会社に残すことを最終契約で約束させる条項です。拘束期間の目安2〜3年、報酬・税金で手取りが変わる論点、条文レベルで打ち返す5つの対策がわかります。

M&A比較レビュー編集部2026/8/4更新日: 2026/8/1511分で読める

キーマン条項とは、M&A成立後も対象会社の事業に不可欠な人物(売り手経営者・役員・特定の従業員)を、一定期間その会社の業務に従事させることを最終契約で約束させる条項です。 法律で定められた制度ではなく、株式譲渡契約書(SPA)などの契約の中で当事者が取り決める実務上の慣行であり、一般的な期間は2〜3年とされています。

そして売り手にとって重要なのは、この約束が「辞めさせない権利」ではなく、前提条件・誓約事項・表明保証・対価の調整といった複数の仕組みを組み合わせた「金銭で効かせる拘束」として設計されているという点です。仕組みを理解していれば、条文単位で交渉できる余地が見えてきます。

この記事でわかること:

  • キーマン条項の意味と、ロックアップ条項・ファンドのキーパーソン条項・キーマン保険との違い
  • 契約書のどこに、どういう形で書かれるのか(5つの実装パターンと実際の条項例)
  • なぜ拘束が成立するのか、そして法的にどこまでが限界なのか
  • 経営者以外にキーマン指定されやすい人(従業員・許認可の有資格者)
  • 拘束期間中の報酬と税金で手取りが変わる論点
  • 契約前に条文レベルで打ち返すための5つの対策と、伝え方

この記事はこんな方に向いています: 会社の売却を検討している、あるいはすでに交渉中で、最終契約書に「クロージング後◯年間、業務に従事する」という条項を提示されたオーナー経営者。売却後のセカンドライフや次の事業の予定があり、拘束の中身を正確に把握しておきたい方。

注意: キーマン条項の内容・有効性・税務上の取扱いは、契約の文言と個別の事実関係によって結論が変わります。本記事は一般的な整理であり、実際の判断はM&A実務に精通した弁護士・税理士にご相談ください。

キーマン条項とは — M&A後もキーパーソンを会社に残す約束

キーマン条項は、M&Aの最終契約において「誰を、いつから、どのくらいの期間、会社に残すか」を定める条項です。 買い手にとってM&Aは「会社という箱」ではなく「事業を回している人と関係性」を買う行為であるため、その中核にいる人物が抜けると、支払った対価に見合う価値が失われてしまいます。それを防ぐために設けられます。

M&Aの契約交渉・アドバイザリー相談の様子(M&Aキャピタルパートナーズ公式サイトより)

押さえておくべき前提は次の3点です。

  1. 法律上の制度ではない — 会社法や民法に「キーマン条項」という規定はありません。当事者が契約で作り出す義務です。したがって「法律で3年と決まっている」といった説明は誤りで、内容はすべて交渉で決まります。
  2. 起算点はクロージング日 — 基本合意や最終契約の締結日ではなく、株式と対価が実際に動いたクロージング日から期間を数えるのが一般的です。
  3. 義務を負うのは売主(経営者株主) — 後述する条項例のとおり、売主が自ら従事する義務に加えて、指定された従業員などを「従事させる」義務も負う二段構えになっていることがあります。

「ロックアップ条項」との呼び分け

実務では、キーマン条項とロックアップ条項はほぼ同義で使われます。主要なM&A仲介会社の公開解説でも、両者は同じ条項の別名として説明されています(日本M&Aセンター、M&A総合研究所、虎ノ門キャピタル、レバレジーズM&Aアドバイザリー各社の公式コラム、2026年8月5日確認)。

ただし、言葉のニュアンスには次のような違いがあります。

呼び方

着目点

交渉で問題になりやすい点

キーマン条項

誰を残すか(対象者の特定)

社長以外に誰が名指しされるか、従業員本人の同意はどうするか

ロックアップ条項

どれだけの期間拘束するか

期間の長短、違反時のペナルティの大きさ

本記事は「誰が、どういう契約構造で拘束されるのか」という仕組みと対策に絞って解説します。拘束期間中に課される制約の具体的な中身(競業避止・出資禁止・転職制限など6項目)、期間ごとの相場、違反時のペナルティの目安については「M&Aのロックアップ条項とは?売り手の制約・期間・交渉ポイント」で詳しく整理しています。

混同しやすい2つの「キーマン」

検索すると別分野の情報が混ざって出てくるため、先に切り分けておきます。

用語

使われる場面

意味

本記事との関係

キーマン条項(M&A)

株式譲渡契約書(SPA)などの最終契約

売り手経営者・キーパーソンの一定期間の在籍・業務従事義務

本記事のテーマ

キーパーソン条項(ファンド)

投資事業有限責任組合契約(LPA)

運用の中心人物が離脱した場合に、投資期間を停止・終了できる仕組み

別物。投資家がGPを牽制する条項

キーマン保険

法人契約の生命保険

経営者など重要人物の死亡・重度障害に備える保険商品

契約条項ではなく保険商品。無関係

ファンドのキーパーソン条項については、経済産業省が2025年6月23日に公表した「投資事業有限責任組合契約書例及びその解説(令和7年版)」でも解説されています(2026年8月5日確認)。売り手経営者が自社の売却を検討する文脈では登場しない概念なので、混同しないよう注意してください。

拘束される仕組み — 契約書のどこに、どう書かれるのか

キーマン条項は、契約書の中の独立した1条文だけで完結しているわけではありません。 実務では、以下の5つの場所に分散して埋め込まれ、それぞれ違う効き方をします。「キーマン条項という見出しの条文だけ確認した」では不十分なのはこのためです。

実装される場所

契約上の書かれ方

売り手への効き方

① 前提条件(CP)

クロージングまでにキーマンが雇用契約・委任契約・就任承諾書を締結していることを、実行の条件にする

条件が満たされなければ買い手はクロージングを拒否できる。取引そのものが実行されない

② 誓約事項(コベナンツ)

クロージング後◯年間、対象会社の業務に従事することを約束する

履行しなければ債務不履行となり、損害賠償・補償請求の対象になる

③ 表明保証

「キーマンに退職の意思がない」等を売主が保証する

事実と違えば表明保証違反として補償請求を受ける可能性がある

④ 対価調整・アーンアウト連動

早期に離脱した場合、譲渡対価を減額する/アーンアウト対価を支払わないと定める

手取り額に直接響く。もっとも実効性が高い

⑤ 解除条項

重大な違反があった場合に契約を解除できると定める

クロージング前に離脱を表明すると破談リスクにつながる

②③④を組み合わせる設計については、弁護士による解説でも「クロージングから短期間で辞めた場合は、対価の調整条項を入れたり、表明保証違反による補償請求を可能にしたりすることもある」と明示されています(出典: 淵邊善彦弁護士/BUSINESS LAWYERS「スタートアップ企業を対象とするM&Aの留意点(2)- 契約交渉」2020年6月23日公開、2026年8月5日確認)。ただし、どの組み合わせが採用されるかは案件ごとに異なり、すべての契約で同じ構成になるわけではありません。

M&A契約プロセスの流れ(日本M&Aセンター公式サイトより)

実際の条項例

弁護士が示しているキーパーソン条項の例文は次のとおりです。自社の契約書と見比べる際の基準にしてください。

「売主(経営者株主)は、自らならびに対象会社の経営陣および対象会社の従業員◯◯氏(以下「キーパーソン」という)をして、クロージング後、クロージング日から起算して◯年間、対象会社の業務に従事し、かつキーパーソンをして従事させるものとする。」
— 淵邊善彦弁護士(ベンチャーラボ法律事務所)「スタートアップ企業を対象とするM&Aの留意点(2)- 契約交渉」BUSINESS LAWYERS(2020年6月23日公開/2026年8月5日確認)

この一文から読み取れる実務上のポイントは3つあります。

1. 義務の名宛人は「売主」である

「自らならびに……をして……従事させる」という書き方は、売主自身が働く義務に加えて、第三者である従業員を働かせる義務まで負っていることを意味します。指名された従業員が自分の意思で辞めた場合でも、契約上の責任を問われるのは売主です。個人の意思をコントロールできない相手について義務を引き受けている以上、この点は必ず確認すべきです。

2. 起算点は「クロージング日から」

最終契約の締結からクロージングまでに数か月かかることもあります。締結日起算だと思い込んでいると、体感の拘束期間が想定より長くなります。

3. 期間と対象者が空欄(◯)である

つまり、期間も対象者も交渉で埋める項目です。テンプレートの数字をそのまま受け入れる必要はありません。

条項が置かれる契約書の全体像は「M&A SPA(株式譲渡契約書)とは?記載事項・表明保証・売り手の注意点」、表明保証としての実装については「M&Aの表明保証とは?売り手が知るべき条項・リスク・保険」をあわせてご覧ください。

なぜ「辞めない約束」が効くのか — 仕組みと法的な限界

結論から言うと、キーマン条項があっても、役員の辞任や従業員の退職そのものを物理的に強制することはできません。 日本法の下で「働くこと」を直接強制する救済は認められにくく、条項の実効性は損害賠償・対価の減額・アーンアウトの不払いといった金銭的なサンクションによって担保されています。

この構造を理解しておくことには実益があります。交渉の焦点が「辞める/辞めない」ではなく、「万一辞めることになったとき、いくら失うのか」の設計にあると分かるからです。

期間が長すぎる場合の扱い

拘束期間が過度に長い場合については、職業選択の自由(憲法22条1項)との緊張関係が指摘されています。現時点では、3年を超える長期の拘束は過度な制約と評価されるおそれがあるという整理がM&A実務の解説で共通して示されていますが、これは法令や確立した判例で明示された基準ではなく、あくまで実務上の目安です(2026年8月5日確認)。

また、退職後の競業避止義務についても、「キーパーソンの立場、ノウハウの重要性、代わりとして得る報酬等にもよるが、2年を超えると無効とされるリスクが高くなる」との指摘があります(出典: 淵邊善彦弁護士/BUSINESS LAWYERS、2020年6月23日公開、2026年8月5日確認)。

したがって、「◯年を超えれば必ず無効」といった一律の基準があるわけではありません。 有効性は、拘束の代償として得ている報酬や対価の水準、業務の内容、対象者の立場などを総合して個別に判断されます。「長いから無効になるはず」と考えて交渉を放置するのは危険です。不利な条件を提示された場合は、その場で弁護士に有効性を確認してもらってください。

※有効性の判断は法律問題です。 期間・範囲が過度かどうかは個別事情によって結論が変わるため、必ず弁護士にご相談ください。

途中離脱は現実的に難しい

実務上は、健康上の理由で離脱する場合でも診断書の提出を求められたり、賠償金の扱いが問題になったりするなど、円満な解消が簡単ではないという指摘があります(複数のM&A実務解説記事に共通して見られる整理。2026年8月5日確認。個別案件での扱いは契約文言により異なります)。「いざとなれば辞めればいい」という前提で条件を飲むのは避けるべきです。

期間の目安は2〜3年

キーマン条項の拘束期間は2〜3年が中心で、1年で済むケースもあれば5年に及ぶケースもあります。 公開されている主な情報源で示されている目安を整理します。いずれも各社が公開している一般論であり、案件ごとの実際の期間を保証するものではありません。

情報源

示されている期間

確認日

日本M&Aセンター 公式コラム(2024年12月23日公開)

一般的に2〜3年程度

2026-08-05

M&A総合研究所 公式コラム

一般的に5年以内。双方にとって1〜3年が望ましい

2026-08-05

虎ノ門キャピタル 公式コラム

一般的に1〜3年

2026-08-05

BUSINESS LAWYERS(淵邊善彦弁護士)

2〜3年で合意するケースが一般的

2026-08-05

期間の長短が売却価格やペナルティにどう影響するか、業種・依存度別の目安については「M&Aのロックアップ条項とは?売り手の制約・期間・交渉ポイント」で詳述しています。

なお、期間が長引きやすいのは、経営者個人の人脈で受注している営業体制、属人的な技術・ノウハウ、異業種の買い手といった条件が重なるケースです。逆に、幹部が育っていて経営者不在でも回る体制ができていれば、短縮を主張する根拠になります。この点は売却準備の段階から仕込めます(参考:「会社売却の準備チェックリスト」)。

キーマンに指定されるのは経営者だけではない

キーマン条項の対象は「社長」に限りません。 多くの解説記事は売り手経営者だけを想定していますが、実務では次の3類型が指定されます。

① 代表取締役・役員

最も一般的です。取締役として続投する場合と、いったん退任して会長・顧問・業務委託に切り替える場合があり、立場によって権限・報酬・税務上の扱いが変わります。辞任のタイミングと手続きは「M&Aの役員・取締役の辞任タイミングと手続きガイド」で解説しています。

② 特定の従業員(営業部門長・技術者・エンジニアなど)

先に挙げた条項例でも「対象会社の従業員◯◯氏」と個人名で特定される書き方が使われています。ここで注意すべきは、その従業員は契約の当事者ではないという点です。従業員本人が納得していない状態で名前だけが契約書に入ると、離職時に責任を負うのは売主です。

  • 対象者本人に事前に説明し、処遇(役職・報酬・勤務条件)を提示できているか
  • 従業員が自己都合で退職した場合の売主の責任範囲が限定されているか

この2点は必ず確認してください。売却が従業員全体に与える影響は「M&Aで従業員はどうなる?売却後の雇用」で整理しています。

③ 許認可の人的要件を満たす有資格者 — 見落とされやすい盲点

M&Aキャピタルパートナーズ公式ロゴ(許認可の承継に関する解説の出典)

許認可が事業の前提になっている業種では、「その資格・経歴を持つ人」がキーマンとして指定されることがあります。 これは中小M&Aで実際に問題になりやすいにもかかわらず、あまり語られていない論点です。

業種

継続性が問われる人的要件の例

建設業

経営業務の管理責任者(経管)、専任技術者(専技)

貨物・旅客運送業

運行管理者などの責任者配置

旅館業・宿泊業

衛生管理の責任者配置

株式譲渡では法人格が変わらないため、許認可そのものは原則として維持されます(出典: M&Aキャピタルパートナーズ「許認可の承継とは?」更新日2026年1月8日、2026年8月5日確認)。しかし、許可の人的要件を満たしていた人物が抜けると、要件を欠くおそれが生じます。

売り手経営者が経管を兼ねている中小建設会社などでは、買い手側から見て「社長に一定期間残ってもらうこと」が取引の前提条件になりやすく、キーマン条項が事実上避けられないケースがあります。

確認のポイント: 該当しそうな場合は、①後任の要件充足者を確保できるか、②その人物をクロージング前に雇用・就任させられるか、③管轄行政庁への届出・確認が必要かを、専門家と早い段階で詰めておいてください。要件・運用は業種・自治体によって異なるため、必ず管轄行政庁への事前相談と、行政書士・弁護士への確認を行ってください。

業種別・スキーム別の承継可否は「会社売却で許認可・免許は引き継げる?業種×スキーム承継可否 一覧ガイド」で一覧化しています。

拘束期間中の報酬と税金 — 手取りが変わる論点

キーマン条項の期間中、売り手は「オーナー」ではなく「役員・顧問・従業員」として報酬を受け取る立場に変わります。 ここで見落とされやすいのが、受け取り方によって税率が大きく変わるという点です。

受け取るもの

一般的な所得区分

税率の考え方

株式の譲渡対価

譲渡所得(申告分離課税)

原則20.315%(所得税15%+復興特別所得税0.315%+住民税5%)/出典: 国税庁「No.1463 株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)」2026年8月5日確認

在籍期間中の役員報酬・給与

給与所得(総合課税)

他の所得と合算して累進課税。所得税は最高45%+住民税10%(出典: 国税庁「No.2260 所得税の税率」2026年8月5日確認)

顧問料・業務委託料

事業所得または雑所得(総合課税)

同上(経費計上の可否など扱いが異なる)

アーンアウト対価

所得区分が論点(雑所得とされる例が多いとの実務上の指摘あり)

雑所得なら総合課税。譲渡所得と比べて負担が重くなり得る

アーンアウト対価の所得区分については、クロージング時点で金額が確定していないことから譲渡所得に含めにくく、実務上は雑所得として扱われる例が多いという指摘があります。さらに、在籍を条件に支払われる設計の場合には給与所得に該当し得るという考え方も示されており、その場合は源泉徴収の問題も生じます。ただし現時点で明確な法令上の統一基準が示されているわけではなく、契約内容に応じた個別判断になります(2026年8月5日確認)。

つまり、「同じ総額を受け取る」つもりでも、譲渡対価に寄せるか/在籍中の報酬やアーンアウトに寄せるかで手取りが変わり得るということです。契約条件を詰める前の段階から税理士を入れて設計する価値があります。

※税務の詳細は専門家への相談をおすすめします。 アーンアウト対価の所得区分・課税タイミングは契約の文言と事実関係で結論が変わり、一律の答えはありません。手取り額を左右する論点なので、契約締結前に必ず税理士に確認してください。

詳細は「M&Aアーンアウト受領時の税務・会計処理ガイド」、アーンアウトの仕組み自体は「M&Aのアーンアウトとは」で解説しています。

中小M&Aガイドライン第3版を「説明を求める根拠」に使う

仲介会社やFAに対して「この条項で自分が何を負うのか、具体的に説明してほしい」と求めることには、国の指針という裏付けがあります。

中小企業庁は2024年8月30日に「中小M&Aガイドライン(第3版)」を公表しました。改訂項目には、手数料・提供業務の明示、広告・営業の禁止事項、利益相反の具体化、ネームクリア・テール条項の規律などと並んで、「最終契約後の当事者間のリスク事項」 が含まれています(出典: 経済産業省プレスリリース「『中小M&Aガイドライン』を改訂しました」2024年8月30日、2026年8月5日確認)。

ここでいうリスク事項には、表明保証違反や価格調整条項の解釈相違、競業避止義務違反といった「契約を結んだ後・クロージングした後に当事者間の紛争になりうる論点」が想定されています。キーマン条項の履行(在籍義務)は、まさにこの類型に当たります。

売り手として使えるのは次の3点です。

  1. 契約前に説明を求めてよい — 「最終契約後にどんな紛争が起こり得るか」を、締結前に具体的に説明してもらう
  2. 説明の質で仲介会社を見極められる — キーマン条項について「一般的には2〜3年です」としか答えない担当者と、対価調整との連動や離脱時のシナリオまで説明できる担当者では、支援の質が違う
  3. 書面で残す — 口頭説明だけでなく、想定されるリスクと対応方針を書面で確認する

中小M&Aガイドラインは法律ではありませんが、M&A支援機関登録制度の登録要件として遵守が求められるため、登録支援機関にとっては実質的な拘束力を持ちます。仲介会社の選定基準としても有効です(参考:「中小M&Aガイドラインとは」「M&A仲介会社おすすめ比較(売り手向け)」)。

キーマン条項への5つの対策 — 条文レベルで打ち返す

M&A契約条項の解説ページ(M&Aキャピタルパートナーズ公式サイトより)

「期間をよく考える」「専門家に相談する」といった一般論では交渉になりません。最終契約のドラフトに対して、どの文言をどう書き換えてもらうかまで落とし込みます。

対策1: 期間を「業務」から逆算して短縮する

「とりあえず3年」ではなく、引き継ぐべき項目を列挙して逆算します。

  • 主要取引先への同行紹介:◯社 × ◯か月
  • 後任の育成:役職・人数・到達目標
  • 決算期をまたぐ必要があるか

そのうえで「引き継ぎに必要な期間は◯か月と見積もっている」と提示すれば、期間短縮の主張が単なる希望ではなく根拠を伴います。期間短縮の代わりに、引き継ぎ完了までの成果物を明確化するという交換条件も有効です。

対策2: 業務範囲と稼働日数を限定する

「対象会社の業務に従事する」という抽象的な文言のままだと、フルタイムでの常勤を求められても反論しにくくなります。次のように具体化してもらいます。

  • 稼働日数・時間:週◯日、月◯時間を上限とする
  • 業務範囲:引き継ぎ業務・取引先紹介・後任育成に限定し、新規の営業目標や日常のライン業務は含めない
  • 勤務地・出張:本社常駐が必要か、リモートを認めるか

対策3: 報酬の水準と支払方法を明記する

拘束の代償である報酬が曖昧なままだと、拘束の重さだけが残ります。

  • 役員報酬・顧問料の金額と改定条件
  • 支払形態(役員報酬/顧問契約/業務委託)と、それに伴う税務上の扱い
  • 買い手の判断で一方的に減額されないための歯止め

対策4: 免責事由(Good Leaver条項)を入れる

もっとも見落とされやすく、もっとも重要な対策です。 健康上の理由、家族の介護、その他の不可抗力で継続できなくなった場合に、ペナルティが発生しない類型を明記してもらいます。

  • 「正当な理由による離脱」と「自己都合による離脱」を区別する
  • 正当な理由の範囲(傷病・介護・買い手側の重大な契約違反など)を具体的に列挙する
  • 後任の育成が完了した時点で早期に解除できる仕組みを入れる

対策5: アーンアウトとの連動を切り離し、違約金に上限を設ける

在籍が対価の支払条件と直結していると、「辞める=数千万円を失う」という状態になります。

  • アーンアウトの支払条件から「在籍していること」を外す(業績条件のみにする)
  • 対価の減額・返還(クローバック)の上限額と計算方法を明記する
  • 損害賠償の予定額を定める場合は上限を設ける

※契約文言の設計は法務の専門領域です。 上記はいずれも契約文言の設計に関わる論点です。ドラフトの修正案作成と有効性の判断は、必ずM&A実務に精通した弁護士のリーガルチェックを受けてください。

言い出しにくいときの伝え方

長年の交渉相手や紹介者との関係で、条件面を押しにくいと感じる方は少なくありません。角を立てずに交渉するには、「自分の都合」ではなく「引き継ぎの成功確度」を軸に話すのが有効です。

  • ×「3年も縛られたくない」
  • ○「引き継ぎを確実に終わらせたいので、必要な業務と期間を具体的に詰めさせてください」
  • ○「万一体調を崩したときに引き継ぎが止まるリスクがあるので、そのときの取扱いを先に決めておきたい」
  • ○「顧問という立場のほうが取引先に説明しやすいと考えていますが、いかがでしょうか」

条件交渉そのものを仲介会社・FAに代行してもらうのも選択肢です。仲介とFAの役割の違いは「M&A仲介とFA(財務アドバイザー)の違い比較」で解説しています。

キーマン条項を受け入れてよい経営者/慎重になるべき経営者

条件次第では、キーマン条項を受け入れることが売却価格の引き上げや円滑な引き継ぎにつながります。一方で、受け入れると計画が破綻するケースもあります。

受け入れを前向きに検討してよいケース

状況

理由

売却後すぐに引退・別事業を始める予定がない

拘束期間が実質的なデメリットになりにくい

会社に愛着があり、従業員・取引先への引き継ぎを見届けたい

段階的なバトンタッチとして機能する

引き継ぎに必要な期間が明確で、2年以内に収まる見込みがある

期間を根拠づけて短縮交渉ができる

拘束期間中の報酬・役職・稼働条件が書面で確定している

拘束の代償が明確で、想定外の負担が生じにくい

買い手の経営陣と面談を重ね、方針の相性を確認できている

期間中のストレスが主なリスクなので、事前確認の効果が大きい

慎重に交渉すべき、または条件を見直すべきケース

状況

理由

健康上の不安があり、長期の常勤が難しい

免責事由(Good Leaver)を明記できなければリスクが大きい

売却後すぐに次の事業・投資を始める計画がある

競業避止義務と重なると計画そのものが実行できなくなる可能性がある

対価の大部分がアーンアウトや分割払いに寄っている

在籍が支払条件と連動していると、離脱=大幅な手取り減になる

提示された期間が5年など長期で、根拠の説明がない

拘束の必要性を示す説明がないまま条件だけが重い

業務範囲・稼働日数・報酬が契約書に書かれていない

実際の負担が買い手の裁量で決まってしまう

従業員をキーマン指定されているが、本人に説明していない

本人が退職した場合の責任を売主が負う構造になりやすい

「受け入れる/受け入れない」の二択で考える必要はありません。 期間・範囲・報酬・免責・対価連動の5つの変数を調整すれば、多くのケースで折り合える余地があります。

契約前チェックリスト

最終契約のドラフトを受け取ったら、以下を順に確認してください。1つでも「わからない」があれば、その場で仲介会社・弁護士に説明を求めます。

No.

確認項目

1

キーマンとして名指しされているのは誰か(自分以外にいるか)

2

期間は何年で、起算点はクロージング日か

3

「業務に従事する」の中身(役職・権限・稼働日数・勤務地)が特定されているか

4

拘束期間中の報酬額・支払形態・改定条件が書面にあるか

5

クロージングの前提条件に、雇用契約・就任承諾書の締結が入っていないか

6

表明保証に「キーマンに退職意思がない」等の項目が入っていないか

7

早期離脱時の対価減額・返還(クローバック)の金額と計算方法が明記されているか

8

アーンアウトの支払条件に「在籍していること」が含まれていないか

9

健康上の理由など、正当な理由による離脱の免責が定められているか

10

後任育成の完了などによる早期解除の仕組みがあるか

11

期間終了後の競業避止義務の範囲・期間は納得できるか

12

従業員をキーマン指定する場合、本人への説明と処遇提示が済んでいるか

13

許認可の人的要件に関わる人物が抜ける懸念はないか

14

拘束期間中の報酬と譲渡対価の税務上の扱いを税理士に確認したか

15

最終契約後に起こりうる紛争リスクについて、仲介会社から具体的な説明を受けたか

よくある質問

Q. キーマン条項は必ず入るものですか。断ることはできますか。

必ず入るわけではありません。組織的に事業が回っていて、経営者個人への依存が低い会社では設定されないケースもあります。ただし、経営者の人脈で受注している、特定の技術者に依存している、許認可の人的要件を経営者が満たしているといった事情がある場合、買い手にとっては取引の前提になりやすく、拒否すると価格の引き下げや破談につながる可能性があります。「入れるか/入れないか」より「どう設計するか」を交渉するほうが現実的です。

Q. 名前を挙げられた従業員が自分の意思で辞めたら、私が責任を負うのですか。

契約の書き方次第です。条項例のように「キーパーソンをして従事させる」という文言になっていると、売主がその実現について責任を負う構造になります。従業員本人は契約当事者ではないため、本人の意思で退職した場合でも売主に責任が向かい得ます。従業員が自己都合で退職した場合を売主の責任から除外する、あるいは責任の範囲・上限を限定する交渉を行ってください。

Q. 会長や顧問という立場でも、キーマン条項の対象になりますか。

なります。キーマン条項が求めるのは特定の役職ではなく「事業への関与の継続」です。代表取締役として残るケースもあれば、取締役を退任して会長・顧問・業務委託の形で関与するケースもあります。どの立場になるかで、権限・報酬・税務上の扱い・社会保険の扱いが変わるため、期間だけでなく立場も交渉項目として扱ってください。

Q. 拘束期間中に体調を崩した場合はどうなりますか。

契約に免責の定めがなければ、契約上は債務不履行として扱われる余地が残ります。実務上は診断書の提出を求められる、賠償や対価返還の扱いが問題になるといった指摘があり、円満に解消できるとは限りません。契約段階で「正当な理由による離脱」の類型を具体的に列挙しておくことが、もっとも確実な備えです。

Q. キーマン条項があると、売却価格は上がりますか。

買い手から見ると事業継続リスクが下がるため、価格交渉でプラスに働く傾向があるとされています。ただし、価格の上乗せ分がどこで支払われるか(譲渡対価に反映されるのか、アーンアウトとして後払いになるのか)で、確実性と税負担が変わります。「価格が上がる」という説明を受けた場合は、上乗せ分の支払時期と支払条件を必ず確認してください。

Q. 仲介会社に相談する段階で、何を聞いておくべきですか。

「自社の業種・体制でキーマン条項が設定される可能性はどの程度か」「設定される場合、期間はどのくらいが想定されるか」「早期に離脱した場合、契約上どういう不利益が生じ得るか」の3点です。中小M&Aガイドライン第3版では最終契約後のリスク事項を含む説明のあり方が示されており、この質問に具体的に答えられるかどうかは、仲介会社を比較する際の判断材料にもなります。

まとめ

キーマン条項は「社長が数年残る約束」という一文で語られがちですが、実際には契約書の複数箇所に分散して埋め込まれ、金銭的な仕組みで実効性が担保されています。売り手として押さえるべきポイントを整理します。

  1. キーマン条項は法律上の制度ではなく契約実務。 期間も対象者も交渉で決まる
  2. 拘束は「前提条件・誓約事項・表明保証・対価調整・解除条項」の5か所に実装される。 見出しのある条文だけ見ても全体像はつかめない
  3. 就労そのものを強制することはできず、実効性は金銭サンクションで担保されている。 交渉の焦点は「辞めたらいくら失うか」の設計にある
  4. 対象は経営者だけではない。 特定の従業員、そして許認可の人的要件を満たす有資格者が指定されることがある
  5. 受け取り方によって手取りが変わる。 譲渡対価・在籍中の報酬・アーンアウトで税務上の扱いが異なるため、契約前に税理士へ
  6. 打ち返しは条文レベルで。 期間/業務範囲・稼働日数/報酬/免責事由/対価連動の5点を具体化する
  7. 最終契約後のリスクについて説明を求めることには、国の指針という裏付けがある

キーマン条項は、経営者にとって売却後の数年間の生活そのものを左右する条項です。提示された条件をそのまま受け入れるのではなく、上記の観点で内容を確認し、弁護士・税理士のチェックを経たうえで判断してください。

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