会社の売り時は、「業績が好調」「経営者にまだ体力と意欲がある」「M&A市場が活況」の3条件が重なっている時期です。 この3つが揃うタイミングは長く続かないため、「少し早いかな」と感じる段階での準備開始が、結果的に最も有利な売却につながります。
この記事では、会社売却のベストタイミングを判断するための5つの基準を、最新のM&A市場データ(2025年の成約件数は過去最多の5,115件)や具体的な金額シミュレーションとあわせて解説します。
この記事でわかること:
- 会社の売り時を見極める5つの判断基準と、それぞれの具体的な目安
- 売り時を逃すとどれだけ損をするか(金額シミュレーション)
- 自社が「今が売り時かどうか」を確認できるチェックリスト
- 売却前に必要な準備(磨き上げ)の具体的な手順
- 売却時の税金と手取り額の目安
この記事は、以下のような経営者の方に向けて書いています:
- 会社の売却を漠然と考えているが、いつ動くべきか判断がつかない
- 後継者が見つからず、廃業か売却かで迷っている
- 今の業績が良いうちに売るべきか、もう少し待つべきか悩んでいる
会社の売り時を見極める5つの判断基準【一覧】

会社の売り時を判断する基準は、大きく内部要因(自社の状態)と外部要因(市場環境)に分かれます。以下の5つのうち、3つ以上に当てはまる場合は、具体的な売却検討を始めるタイミングといえます。
# | 判断基準 | 区分 | 重要度 |
|---|---|---|---|
① | 業績が好調である | 内部要因 | ★★★(最重要) |
② | 経営者の年齢・体力・意欲に変化がある | 内部要因 | ★★★ |
③ | 業界で再編の動きがある | 外部要因 | ★★☆ |
④ | M&A市場・景気が好調である | 外部要因 | ★★☆ |
⑤ | 後継者不在が明確になった | 内部要因 | ★★★ |
以降、各基準について具体的に解説します。
判断基準①:業績が好調なうちに決断する(最も重要)

会社の売却価格は、直近の利益額に最も大きく左右されます。 利益が出ている状態で売却することが、売却価格を最大化する最大のポイントです。
なぜ業績好調時が最も有利なのか
中小企業のM&Aでは、企業価値の算定に年買法(年倍法)が広く使われています。計算式は以下のとおりです。
企業価値 = 純資産 + 営業利益 × 2〜5年分
この「営業利益 × 年数」の部分が営業権(のれん)と呼ばれ、利益額が大きいほど企業価値が上がります。赤字の場合、営業権がゼロまたはマイナス評価になり、純資産額だけ(あるいはそれ以下)での売却を余儀なくされるケースが少なくありません。
(出典:インテグループ「いつが会社の売り時か」、日本M&Aアドバイザー協会)
【金額シミュレーション】売り時を逃すとどれだけ変わるか
以下は、純資産1億円・営業利益3,000万円の会社を想定した試算です(営業権の倍率を3年で計算)。
状況 | 営業利益 | 営業権(×3年) | 企業価値(概算) |
|---|---|---|---|
業績好調時に売却 | 3,000万円 | 9,000万円 | 約1億9,000万円 |
1年後に業績が半減 | 1,500万円 | 4,500万円 | 約1億4,500万円 |
2年後に赤字転落 | ▲500万円 | 0円 | 約1億円以下 |
業績好調時と赤字転落後では、売却価格に9,000万円以上の差がつく可能性があります。
※上記はあくまで一般的な算定方法による概算です。実際の売却価格は業種・規模・将来性・買い手との交渉によって大きく変動します。
「もう少し待てば…」が招く失敗パターン
売却を先送りにする経営者に多いのが、「今は業績が好調だからもう少し伸ばしてから売りたい」という判断です。
しかし、信金キャピタルは「判断の先延ばしにより、最初のオファーの半分以下で手放す可能性がある」と指摘しています。景気サイクルの反転、取引先の方針変更、原材料費の高騰など、業績が好調な状態はいつまでも続く保証がありません。
判断基準②:経営者の年齢・体力・意欲の変化を見逃さない
経営者の意欲や体力の低下は、そのまま会社の業績低下に直結します。 「ちょっと早いかな」と感じるタイミングが、実は準備開始のベストタイミングです。
60歳が準備開始の目安
中小企業庁の調査によると、中小企業経営者の平均年齢は60.5歳(2023年時点)で過去最高を更新しています。また、平均引退年齢は70歳前後とされ、事業承継ガイドライン(第3版)では概ね60歳頃には事業承継の準備に着手すべきとの指針が示されています。
事業承継の準備期間は一般的に3年〜10年かかるとされ、売却の検討から成約まで含めると相当な時間を要します。「まだまだ元気だから」と先送りにすると、健康上の問題が突然発生した場合に打ち手がなくなります。
(出典:中小企業庁 2024年版中小企業白書、中小企業庁 事業承継ガイドライン第3版)
意欲低下が業績に直結する理由
中小企業では、経営者個人の人脈・判断力・営業力が業績の根幹を支えていることが多く、経営者の意欲低下は以下のような形で業績に影響します。
- 新規開拓の停止:営業の先頭に立たなくなり、売上が徐々に減少する
- 設備投資・人材投資の見送り:「どうせ売るなら」と投資を控え、競争力が低下する
- 組織のモチベーション低下:経営者の姿勢が社員に伝播し、離職が増える
経営者の意欲が下がった状態で売却交渉に入ると、買い手側にも「この会社は先行きが不安」という印象を与えかねません。意欲があるうちに準備を進めることが、有利な条件での売却につながります。
判断基準③:業界再編の波に乗る
業界で大手による買収や統合が活発化しているタイミングは、売り手にとって有利な条件が出やすい時期です。
業界再編期に売却するメリット
業界再編が進んでいる時期には、大手企業が市場シェア拡大や事業領域の拡大を目的として中小企業の買収に積極的に動きます。このとき、買い手間で競争が起きるため、売却価格が通常よりも高くなりやすい傾向があります。
業界再編のきっかけとなる主な要因は以下のとおりです。
- 法改正・規制変更:新制度への対応コストが増加し、小規模事業者の統合が進む
- 技術変革:DX対応やAI導入の必要性から、技術人材を持つ企業の買収ニーズが高まる
- 市場の成熟・縮小:国内市場が縮小する業界では、生き残りのための統合が加速する
(出典:事業承継M&Aパートナーズ「会社売却のベストタイミング」)
自社の業界は今、再編期にあるか
以下のような兆候がある場合、業界再編が進行中または近い可能性があります。
- 同業他社のM&Aニュースが増えている
- 大手企業が積極的に中小企業を買収している
- 業界団体や経済紙で「業界再編」「統合加速」という言葉が増えている
- 新規参入や異業種からの参入が活発化している
こうした兆候を見逃さず、自社の業界の動向にアンテナを張っておくことが重要です。
判断基準④:M&A市場・景気が好調な時期を活かす
マクロ経済が好調で買い手企業に余力がある時期は、売却価格・条件ともに売り手に有利に働きます。 現在のM&A市場は過去最高水準にあり、売り手にとってはチャンスの時期です。
2025〜2026年のM&A市場は過去最高水準
直近のM&A市場データは、売り手にとって追い風が吹いていることを示しています。
指標 | 数値 | 出典 |
|---|---|---|
2025年 M&A成約件数 | 5,115件(過去最多) | フーリハン・ローキー |
2025年 M&A取引金額 | 35.7兆円(過去最多) | フーリハン・ローキー |
事業承継目的M&A(2025年11月末) | 945件(過去最高水準) | M&A総合研究所 |
国内同士(IN-IN)取引金額 前年比 | +59.9% | M&Aナビ |
2026年見通し | 高水準継続の見込み | M&Aキャピタルパートナーズ |
(出典:フーリハン・ローキー 2025年M&A総括、M&Aキャピタルパートナーズ、2026年4月確認)
好景気が売却条件に与える影響
好景気時には以下のメカニズムが働き、売り手に有利な環境が生まれます。
- 買い手候補が増える:業績好調な企業が投資余力を持ち、買収に積極的になる
- 資金調達が容易になる:低金利・融資環境の改善により、買い手が資金を確保しやすい
- 競争が起きる:複数の買い手候補が現れることで、売却価格が上振れしやすい
逆に景気後退期には、「好景気でないと買い手企業も投資や借入れといった資金調達になかなか動き出さない」(事業承継M&Aパートナーズ)とされ、売り手にとって不利な条件になりやすくなります。
判断基準⑤:後継者不在が明確になったら早めに動く
親族・社内に後継者候補がいない場合、第三者への売却(M&A)は従業員の雇用と事業を守る有力な選択肢です。 後継者不在の問題を放置すると、廃業という選択を迫られる可能性があります。
後継者不在による事業承継は、事業承継とは?基本から手続きまで解説のページでも詳しく取り上げています。
廃業を選んだ場合に失うもの
後継者不在を理由に廃業を選択すると、以下のようなデメリットがあります。
- 清算費用がかかる:設備の処分、在庫の処理、借入金の返済など
- 従業員が職を失う:長年勤めた社員の生活に直接影響する
- 取引先への影響:仕入先・販売先との取引が突然終了する
- 経営者の手取りが減る:会社を売却すれば得られたはずの営業権(のれん)がゼロになる
M&A売却なら事業と雇用を守れる
M&Aによる第三者への売却を選べば、事業の継続と従業員の雇用を維持できるケースがほとんどです。事業承継目的のM&Aは2025年11月末時点で945件(過去最高水準)を記録しており、後継者不在の解決策としてM&Aを選ぶ経営者は年々増えています。
ただし、M&Aによる売却には一般的に6ヶ月〜1年程度かかり、事前準備を含めると1〜3年は見込む必要があります。「後継者がいない」と気づいた時点で早めに動くことが重要です。
(出典:中小企業庁 事業承継・M&A推進資料、M&A総合研究所)
【自己診断】あなたの会社は今が売り時?チェックリスト

以下の5つの質問に「はい」が3つ以上あれば、売却を具体的に検討する時期に入っている可能性が高いです。
# | チェック項目 | はい/いいえ |
|---|---|---|
1 | 直近2〜3期の営業利益が安定してプラスである | □ |
2 | 経営者の年齢が55歳以上、または体力・意欲に以前との変化を感じる | □ |
3 | 同業他社の買収や業界再編のニュースを最近よく見かける | □ |
4 | 親族・社内に明確な後継者候補がいない | □ |
5 | 「あと5年以内には引退したい」と考えることがある | □ |
判定の目安:
- 4〜5個「はい」:今すぐ具体的な売却準備に着手すべき時期です。M&A仲介会社への相談を検討してください
- 3個「はい」:売却の方向性を固め、準備(磨き上げ)を開始する時期です
- 1〜2個「はい」:今すぐの売却は急ぎませんが、情報収集を始めておくと安心です
- 0個「はい」:現時点では積極的な売却検討は不要ですが、定期的にチェックし直すことをおすすめします
売り時を逃さないための準備(磨き上げ)
売却の意思が固まってから準備を始めるのでは遅い場合があります。 有利な条件で売却するために、事前の「磨き上げ」が重要です。
磨き上げの5つのポイント
# | 準備項目 | 内容 | 目安期間 |
|---|---|---|---|
1 | 財務の透明化 | 試算表の迅速な作成、簿外債務の開示、不要資産の整理 | 3〜6ヶ月 |
2 | 組織体制の構築 | 経営者個人に依存しない指揮命令系統の確立 | 6ヶ月〜1年 |
3 | 株式の集約 | 分散した株式の買い集め、少数株主との交渉 | 3ヶ月〜1年 |
4 | 法務の整備 | 訴訟リスクの解消、契約書の整理、コンプライアンス対応 | 3〜6ヶ月 |
5 | 事業計画の策定 | 5年程度の中期計画を策定し、将来性をアピールできる材料を準備 | 1〜3ヶ月 |
(出典:経営1000略「会社売却のタイミング」)
特に重要なのは「経営者への依存度の低減」
中小企業で最も多い課題が「社長がいないと回らない会社」の状態です。買い手は、現経営者が退いた後も事業が継続するかどうかを最も重視します。
具体的に取り組むべきことは以下の3点です。
- 権限委譲:日常的な意思決定を幹部社員に任せる体制を作る
- 顧客関係の引き継ぎ:社長個人の人脈で維持している取引先を、組織としての関係に転換する
- 業務の可視化:暗黙知をマニュアルや仕組みに落とし込む
これらの準備には通常6ヶ月〜1年程度かかるため、売却を決断してからではなく、「売却もあり得るな」と考え始めた段階で着手しておくのが理想です。
会社売却の税金と手取り額の目安
会社を売却した際の手取り額を把握しておくことも、売り時の判断材料のひとつです。
株式譲渡の税率は20.315%
個人オーナーが株式譲渡で会社を売却した場合の税率は、以下のとおりです(2026年4月時点の税制)。
税目 | 税率 |
|---|---|
所得税 | 15% |
住民税 | 5% |
復興特別所得税 | 0.315% |
合計 | 20.315% |
計算式: 譲渡所得 = 譲渡価額 −(取得費 + 譲渡費用)
たとえば、2億円で売却し、取得費と譲渡費用の合計が2,000万円の場合:
- 譲渡所得:2億円 − 2,000万円 = 1億8,000万円
- 税額:1億8,000万円 × 20.315% = 約3,657万円
- 手取り額:約1億6,343万円
(出典:国税庁 No.1463 株式等を譲渡したときの課税、2026年4月確認)
※税制は改正される場合があります。実際の税額計算や節税対策については、必ず税理士等の専門家にご相談ください。
退職金スキームによる手取り額の最適化
M&Aの実務では、譲渡対価の一部を役員退職金として受け取ることで、税負担を軽減する方法が使われることがあります。退職所得には「退職所得控除」と「1/2課税」の特例があるため、全額を株式譲渡益として受け取るよりも手取りが増える場合があります。
ただし、退職金の額が「不相当に高額」と判断された場合は税務調査で否認されるリスクがあります。退職金の適正額の算定は個別事情によって大きく異なるため、必ず税理士等の専門家に相談してください。
(出典:M&Aキャピタルパートナーズ、ストライク)
こんな経営者は今すぐ売却検討を/まだ急がなくていい経営者
今すぐ売却検討を始めるべき経営者
- 営業利益は出ているが、ここ1〜2年がピークだと感じている
- 60歳を超えており、後継者候補が親族・社内にいない
- 同業他社が次々とM&Aで買収されているニュースを目にする
- 体力的に「あと何年持つか」と考えることが増えた
- 会社の将来に不安を感じつつ、具体的な行動を先送りにしている
まだ急がなくてもよい経営者
- 業績が成長途上で、まだ明確な拡大余地がある
- 後継者候補(親族・社内幹部)がいて、育成が順調に進んでいる
- 経営者自身が50代前半以下で、意欲・体力ともに十分
- 業界が安定しており、急激な変化の兆候がない
ただし「まだ急がない」場合でも、売却価格の目安を把握しておくことは無駄になりません。M&A仲介会社の無料相談を活用し、自社の概算評価額を知っておくと、将来の判断材料になります。
売り時の相談先の選び方
会社の売却を具体的に検討する段階になったら、信頼できる専門家への相談が不可欠です。主な相談先は以下のとおりです。
相談先 | 特徴 | 向いているケース |
|---|---|---|
M&A仲介会社 | 売り手・買い手の双方を仲介。マッチングから成約までを一貫サポート | 年商数億円〜数十億円規模の会社売却 |
FA(財務アドバイザー) | 売り手専属で交渉を代行。利益相反がない | 売却価格の最大化を最優先にしたい場合 |
M&Aマッチングプラットフォーム | オンラインで買い手候補を探せる。手数料が比較的安い | 小規模な事業譲渡や、まず情報収集したい場合 |
顧問税理士・公認会計士 | 税務面でのアドバイスが得意 | 税金・手取り額の試算、節税スキームの検討 |
地域の事業承継支援センター | 公的機関のため無料で相談可能 | まずは気軽に相談したい場合 |
まずは複数の相談先に話を聞き、比較検討することをおすすめします。M&A仲介会社の選び方や各社の特徴については、以下の記事で詳しく解説しています。
→ M&A仲介会社おすすめ比較|手数料・特徴・選び方を徹底解説
M&A仲介会社の手数料体系や費用の相場については、こちらの記事をご覧ください。
会社売却の全体的な流れを把握したい方は、以下の記事が参考になります。
M&Aの基本的な仕組みや種類について知りたい方はこちらもご覧ください。
よくある質問(FAQ)
Q. 赤字でも会社は売れますか?
売れる場合があります。赤字でも、ブランド力・優良取引先・特許・技術力・立地条件などの無形資産がある場合は、買い手がつくケースがあります。ただし、営業利益がプラスの場合と比べて売却価格は大幅に下がるのが一般的です。日本M&Aアドバイザー協会も「収益性があるうちの方が有利」と指摘しています。
Q. 売却の検討から成約まで、どのくらいの期間がかかりますか?
一般的に6ヶ月〜1年程度が目安です。M&A総合研究所の実績では平均成約期間が7.2ヶ月(2025年9月期)とされています。ただし、事前の準備(磨き上げ)を含めると検討開始から売却完了まで1〜3年は見込んでおくべきです。
Q. M&Aの検討を始めたことが従業員や取引先に知られるリスクはありますか?
M&Aの検討段階では、情報の取り扱いに厳重な注意が必要です。従業員や取引先への開示は成約後が原則です。M&A仲介会社を利用する場合は、秘密保持契約(NDA)を締結したうえで進めるため、情報管理の体制が整っています。検討段階で社内に漏れると、従業員の動揺や取引先からの信用低下につながるおそれがあります。
Q. 今のM&A市場は売り手に有利ですか?
2025年のM&A成約件数は5,115件・取引金額35.7兆円で、ともに過去最多を記録しています(フーリハン・ローキー調べ)。2026年も高水準の継続が見込まれており、現時点では売り手にとって比較的有利な市場環境といえます。ただし、市場環境は常に変動するため、好条件が続く保証はありません。
Q. 株式譲渡と事業譲渡、どちらが有利ですか?
ケースバイケースですが、中小企業のオーナー経営者にとっては株式譲渡が一般的です。株式譲渡は会社ごと売却する方法で、税率が20.315%の申告分離課税で済むため、税負担の見通しが立てやすいのがメリットです。一方、事業譲渡は特定の事業だけを切り出して売却する方法で、売りたくない事業や資産を手元に残せます。どちらが有利かは個別の事情によるため、税理士やM&A専門家に相談のうえ判断してください。
