株券を発行していない会社の株式譲渡は、当事者間では有効です。 令和6年4月19日、最高裁第二小法廷はこの点を初めて明確に判示しました(令和4年(受)第1266号、民集78巻2号267頁)。
この判決は、会社法施行前に設立され「株券発行会社」のまま登記されている多くの中小企業に直接影響します。過去に株券を交付せずに行った株式譲渡の法的な位置づけが整理されたことで、M&A・事業承継に取り組みやすくなった面がある一方、実務上の注意点も残っています。
この記事でわかること:
- 令和6年最高裁判決の3つの判示内容とその意味
- 自社が「株券発行会社」かどうかの確認方法
- 売り手オーナーがM&A前に取るべき具体的な対応策
- 株券不発行会社への変更手続きの流れ
この記事は、M&Aによる会社売却を検討中で、自社の株券の取り扱いに不安がある中小企業の経営者向けです。
注意: 本記事は法律の一般的な解説であり、具体的な法的判断は弁護士・司法書士等の専門家にご相談ください。
なぜこの判決が重要なのか — 中小企業M&Aとの関係
会社法施行(平成18年5月)前に設立された株式会社の多くが、実態として株券を一度も発行していないにもかかわらず、登記上は「株券発行会社」のままになっています。
旧商法では株券の発行が原則だったため、不発行の登記をしていなかった会社は職権で「株券発行会社」と登記されました(出典: あいはた司法書士事務所、2024年確認)。
こうした会社でM&Aを進める際、過去の株式譲渡で株券が交付されていなかったことが問題になるケースがあります。デューデリジェンス(DD)の段階で発覚すると、株主の権利関係が不明確であるとしてM&Aスケジュールが遅延したり、最悪の場合は破談になることもあります。
今回の最高裁判決は、この「株券未発行のまま行われた株式譲渡」について、当事者間での有効性を最高裁として初めて明確にしたものです。
判決の概要 — 令和6年4月19日 最高裁第二小法廷

事件の基本情報
項目 | 内容 |
|---|---|
事件番号 | 令和4年(受)第1266号 |
裁判年月日 | 令和6年4月19日 |
法廷 | 最高裁判所第二小法廷 |
結果 | 原判決破棄、東京高裁に差戻し |
判例集 | 民集78巻2号267頁 |
出典: 裁判所ウェブサイト・各法律事務所の判例解説記事(2026年4月確認)
事案の要点
非公開の株券発行会社(UE社)が設立以来、株券を実際には発行していませんでした。この会社の株式が複数回にわたり譲渡され、最終取得者X(上告人)が株主であることの確認を求めて提訴したのが本件です。
ポイントは、株式の各譲渡時点で株券が交付されていなかったことです。ただし、すべての譲渡について取締役会の承認は得られていました。
株式の譲渡経緯(200株の例)
時期 | 出来事 | 株券の状態 |
|---|---|---|
平成16年1月 | U社がUE社設立時に200株を引き受け | 株券未発行 |
平成24年4月 | U社がAに200株を譲渡(取締役会承認済み) | 株券なしで譲渡 |
平成29年10月 | Aが債権者代位権でUE社に株券発行を請求し、株券を取得 | 株券取得 |
令和2年3月 | AがXに200株を譲渡し、株券を交付 | 株券交付あり |
出典: 契約ウォッチ・加藤&パートナーズ法律事務所の判例解説(2024年確認)
最高裁が示した3つの判断

判断1: 株券発行前の譲渡は当事者間で有効
最高裁は、会社法128条1項(「株券を交付しなければ効力を生じない」)の規定は、株券の発行後に行われた譲渡にのみ適用されると判断しました。
つまり、株券がまだ発行されていない段階での株式譲渡は、株券を交付していなくても当事者間では有効です。
最高裁の論理は次のとおりです。
- 会社法128条2項は「株券の発行前にした譲渡は、会社に対しその効力を生じない」と規定している
- もし128条1項が株券発行前の譲渡にも適用され、当事者間でも無効になるなら、わざわざ2項で「会社に対し」と限定する規定を設ける意味がなくなる
- 株券発行前の譲渡について、当事者間の効力まで否定する合理的な理由は見出せない
原審(東京高裁)は、128条1項により当事者間でも無効と判断していましたが、最高裁はこれを明確に否定しました。
判断2: 譲受人は債権者代位権で株券発行を請求できる
株式を譲り受けた人は、譲渡人の会社に対する株券発行請求権を民法423条(債権者代位権)に基づいて代位行使でき、自分に直接交付するよう求めることもできます。
これは実務上きわめて重要な判断です。株券発行会社が株券を発行しない場合、譲受人が自ら動いて株券を取得するルートが最高裁によって認められました。
判断3: 譲受人に直接交付された株券も有効
会社が会社法216条所定の形式を備えた文書(株券)を譲受人に直接交付した場合、それは株券としての効力を有します。
原審は「株主に対して交付されていない」ことを理由に株券の効力を否定しましたが、最高裁は「会社に対する関係で株主である者に交付されていないことを理由に、株券としての効力を有しないと解することはできない」と判示しました。
原審と最高裁の判断比較
争点 | 原審(東京高裁) | 最高裁 |
|---|---|---|
株券発行前の譲渡の当事者間効力 | 無効(128条1項で当事者間も否定) | 有効(128条1項は発行後の譲渡にのみ適用) |
代位行使による株券発行請求 | 判断なし | 可能(民法423条で代位行使できる) |
譲受人への直接交付の効力 | 無効(株主でない者への交付は株券にならない) | 有効(形式を備えていれば株券として有効) |
結論 | Xの請求を棄却 | 原判決を破棄し差戻し |
従来の学説と本判決の位置づけ
この論点については、以前から2つの学説が対立していました。
- 通説(有効説): 株券発行前の譲渡であっても当事者間では有効。会社に対抗できないだけ
- 有力説(無効説): 当事者間でも株式移動の効力は生じず、株式の移転を「求めることができる」にとどまる
本判決は通説に沿う形で、最高裁として初めて明示的な判断を示したものです。 会社法128条1項の適用範囲を「株券発行後の譲渡」に限定した初の最高裁判断でもあります。
なお、学説からは批判的な指摘もあります。当事者間では株主だが会社との関係では株主ではない譲受人に、会社が株券を発行してそれが有効であるとすることは、「実質的に株券発行前の譲渡が会社との関係でも有効であるとするのと変わらないのではないか」という議論です(出典: 加藤ゼミナール判例解説、2024年確認)。
M&A売り手オーナーが確認すべき3つのポイント

本判決の内容を踏まえ、会社売却を検討しているオーナーは以下を確認してください。
1. 自社が「株券発行会社」かどうかを確認する
確認方法は、法務局で登記事項証明書(商業登記簿)を取得することです。 「株券を発行する旨の定め」が記載されていれば、株券発行会社です。
平成18年5月の会社法施行前に設立された株式会社の多くが該当します。設立時に特段の手続きをしていなければ、自動的に「株券発行会社」として登記されています。
2. 過去の株式譲渡で株券が交付されていたか確認する
過去に株式の譲渡が行われている場合、その時点で株券の交付があったかどうかを確認します。
本判決により、株券未交付のまま行われた譲渡でも当事者間では有効と認められましたが、会社に対する関係では株券発行前の譲渡は依然として効力を生じません(会社法128条2項)。株主名簿の書換には株券の取得が必要です。
3. 早めに専門家へ相談する
株券の問題はM&Aの初期段階で解決しておくべきです。DD段階で発覚すると、買い手側の不安材料となり、交渉条件が不利になる場合があります。
「M&A・事業承継に取り組まれる初期の段階で、自社の株式に法的な問題がないか確認することをお勧めいたします」(出典: YPS法律事務所、2024年確認)
実務での推奨対応 — 株券不発行会社への変更
株券発行会社のままでもM&Aは進められますが、手続きが複雑になるため、可能であれば事前に「株券不発行会社」へ変更することを推奨します。
変更手続きの流れ
ステップ | 内容 | 備考 |
|---|---|---|
1 | 株主総会で株券不発行の定款変更と効力発生日を決議 | 特別決議(議決権の2/3以上)が必要 |
2 | 効力発生日の2週間前までに公告と株主への個別通知 | 既に株券を発行している場合は株券の回収も必要 |
3 | 効力発生後に登記申請 | 変更登記を法務局に申請 |
※実際に株券を発行しているか否かで手続きが異なるため、具体的な対応は司法書士・弁護士にご相談ください。
なぜ変更が推奨されるのか
項目 | 株券発行会社のまま | 株券不発行会社に変更後 |
|---|---|---|
株式譲渡の方法 | 株券の交付が必要(発行後の場合) | 当事者間の意思表示で譲渡可能 |
株主名簿書換の対抗要件 | 株券の提示が必要 | 株主名簿への記載で対抗 |
DD時のリスク | 株券の所在確認が必要。紛失時は株券喪失登録(1年)が必要 | 株券に関するリスクなし |
M&Aスケジュールへの影響 | 遅延リスクあり | 影響なし |
株券を紛失している場合、株券喪失登録制度を利用すると再発行まで1年を要します。M&Aスケジュールに大きな影響を与えるため、「株券不発行会社への変更」のほうが現実的です。
本判決でも解消されていない実務上の課題
本判決は重要な判断を示しましたが、すべての問題が解決したわけではありません。
譲渡承認がない場合の扱い
本件では、すべての株式譲渡について取締役会の承認が得られていました。譲渡承認が得られていない場合に、株券未発行のまま株券交付請求を代位行使できるかは、本判決では判断されていません。(出典: 加藤&パートナーズ法律事務所解説、2024年確認)
対会社効力の問題は残る
当事者間で有効であっても、会社法128条2項により会社に対する関係では株券発行前の譲渡は効力を生じません。 会社に対して株主としての権利を主張するには、株券の取得と株主名簿の書換が必要です。
差戻し審の結果は未確定
本件は東京高裁に差し戻されており、2026年4月時点で差戻し審の判断は公表されていません。
M&A時の表明保証条項での対応
株券発行会社のM&Aでは、株式譲渡契約書に表明保証条項を設けることが実務的な対策の一つです。
「株券を持った正式な株主が現れて損害を主張されたら、賠償しなければならない可能性」があるため、「表明保証で売り手側が補償する条項を加えておくのが有効」(出典: M&A総合研究所、2024年確認)
具体的には、以下のような表明保証が考えられます。
- 売り手が対象会社の株式の正当な所有者であること
- 対象株式に第三者の権利が設定されていないこと
- 株式の譲渡経緯に法的な瑕疵がないこと
こんな企業は早めの対応を — チェックリスト
早急に専門家へ相談すべきケース
- 会社法施行(平成18年5月)前に設立された会社で、定款変更していない
- 過去に株式譲渡を行ったが、株券を交付した記憶がない
- 株券を発行したが、現在の所在がわからない
- 今後1〜2年以内にM&Aでの売却を検討している
- 株主名簿と実際の株主の認識にずれがある可能性がある
緊急度が比較的低いケース
- すでに株券不発行会社への変更を済ませている
- 設立時から現在まで株主が変わっていない(創業オーナーが100%保有)
- M&A・事業承継の予定が当面ない
よくある質問(FAQ)
Q1. 株券を発行していなくても会社を売却できますか?
売却は可能です。 ただし、株券発行会社の場合は手続きが複雑になります。事前に株券不発行会社への変更手続きを行うか、株券を発行したうえで譲渡する必要があります。本判決により、過去の株券未交付での譲渡が当事者間で有効と認められたことで、法的な不確実性は一部解消されています。
Q2. 自社が株券発行会社かどうか、どうすれば確認できますか?
法務局で登記事項証明書(商業登記簿)を取得してください。 「株券を発行する旨の定め」の記載があれば株券発行会社です。取得は法務局の窓口またはオンライン(登記・供託オンライン申請システム)で可能です。
Q3. 株券不発行会社への変更にはどのくらいの期間がかかりますか?
最短でも約1ヶ月程度を見込む必要があります。 株主総会の特別決議、効力発生日の2週間前までの公告・通知、登記申請という手順が必要です。実際に株券を発行済みの場合は株券の回収も必要になるため、さらに時間がかかることがあります。
Q4. この判決で過去の株券未交付の譲渡がすべて有効になったのですか?
当事者間では有効と認められましたが、会社に対する関係では依然として効力を生じません(会社法128条2項)。また、本件ではすべての譲渡に取締役会の承認があった点に注意が必要です。承認のない譲渡については、本判決の射程外です。
Q5. DDで株券の問題が発覚した場合、M&Aは中止になりますか?
直ちに中止になるとは限りませんが、交渉に影響する可能性があります。 買い手は株主関係のリスクを慎重に評価するため、売却価格の減額や表明保証条項の追加を求められることがあります。事前に対応しておくことで、こうしたリスクを最小化できます。
まとめ — 売り手オーナーが今すべきこと
令和6年最高裁判決のポイントを整理します。
- 株券発行前の株式譲渡は、当事者間では有効(最高裁として初の明示的判断)
- 譲受人は債権者代位権で株券発行を請求できる(自己への直接交付も可能)
- ただし、会社に対する関係では株券発行前の譲渡は効力を生じない(128条2項は維持)
M&Aによる会社売却を検討している場合は、まず登記事項証明書で自社が株券発行会社かどうかを確認し、該当する場合は早めに株券不発行会社への変更手続きを進めることを推奨します。 手続きの詳細は弁護士・司法書士にご相談ください。
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※裁判所公式サイト(courts.go.jp)の判決詳細ページ(id=87126)は2026年4月時点で404エラーとなっており、判決全文の直接確認ができなかったため、上記の法律事務所の解説記事(民集78巻2号267頁の引用を含む)を出典としています。
